イチゴは、最も近い将来、放射線の実用化が期待されている果実の一つであり〔1,2〕、すでに欧米では、数多くの実験がなされ、その適正線量については200Krad前後であることが知られており〔3,4〕、他方では、大量の材料を用いての照射〔5〕、経済的な立場からの検討〔6,7,8〕、および線源などの問題を中心とした工学的な立場からの検討もなされるようになった〔9〕。筆者らも「幸玉」を用い、木箱詰めのまま照射を行ない、冷蔵下の保存条件で、品質の低下を伴なうことなく、貯蔵期間を延長できることを示し、照射前後の果実の取り扱いについての重要性を指摘した〔10,11〕。その後、わが国における、イチゴの代表的な栽培品種となった「ダーナー」を用い、嗜好性、照射条件についての検討を行なったので報告する。
材料のイチゴとしては、福島県国見町農協から出荷された、市販のダーナー種を用いた。これを中性洗剤でよく洗滌したのち、殺菌蒸溜水でさらに洗滌をくりかえし、殺菌ろ紙上で水切りをした。果形、熟度のよく揃った健全果を、直径4cmの殺菌試験管に、一試験管あたり5コ入れ、一部の試料には、一果ごとに0.1mlのBotrytis cinereaの胞子懸濁液を接種し、綿栓した。また、一部果実は、減菌ピペットで数箇所突いて傷害果とし、胞子懸濁液を接種した。他に、菌液無接種のものを設けた。これら試験管は、照射前2℃の冷蔵室に一夜放置した。残りのイチゴ試料は食味試験に用いた。
食味試験は、無作為に選んだ当研究員20人に、非照射のイチゴ2試験区、照射のイチゴを1試験区もうけ、3点比較法により、差違および優劣を問うた。
微生物材料としては、岡沢によって分離されたBotrytis cinereaの株を用い、培養も岡沢の処方にしたがい〔12〕、イチゴ煮汁(イチゴ200gを煮沸浸出し、ガーゼでこす)500ml、ショ糖15g,NaNO3 1.5g,K2HPO4 0.5g,KCl0.25g,MgSO4・7H2O 0.25g,FeSO4・7H2O 0.005g,寒天30g,蒸溜水500mlからなる培地に1週間培養した。培養後、鉄さじで菌膜をかきとり、ガーゼでこし、遠沈洗滌にあたっては、懸濁液100mlにつきTween80を一滴ずつ滴下した殺菌水を用いた。保存懸濁液にも、Tween80を加え、ガラスビーズとともにエルレンマイヤーフラスコ中に入れ、冷蔵保存した。〔13〕potato−dextrose−agar(Difco)上25℃3日間の培養後のコロニー数から、保存液の濃度は3×10・E(5)spores/mlであることがわかった。イチゴ試料への接種には、保存液そのままと、これを1,000倍にうすめた液を用いた。したがって、イチゴ一果あたりの接種胞子量は、低濃度接種区で3×10spores,高濃度接種区で3×10・E(4)sporesである。
照射は、当研究所の2KCiのCo−60−γ線を用い、室温(20℃)で行なった。線量率は、2×10・E(5)rad/hr,2.5×10・E(4)rad/hrおよび8.3×10・E(3)rad/hrで、照射時間をそれぞれ1,8および24時間とし、いずれも総線量200Kradになるようにした。照射しないものも、1,8および24時間室温に放置した。
すでに、いろいろのイチゴの照射実験から200Krad前後の照射線量では、食味に変化のないことが知られているが〔14,15〕、ダーナーを用いた実験でも、20人のパネリストのうち、照射したものが違うと答えたのは10人であり、そのうち、照射したものの味が劣ると答えたものは4人であった。これらの結果から、ダーナーを200Krad照射しても、照射しないものとの間に有無な差はないものと考えられる〔16〕。但し、これらパネリストは、とくにイチゴの食味について専門的訓練を行なってないのでこの結果は、むしろconsumer testにあたると考えられる。
照射したもの、あるいは照射しないものを照射時間、あるいはそれに対応する時間だけ室温に放置し、その後2℃に冷蔵保存したときの灰色カビの発生状況は、Table1.のようである。この場合、肉眼的には灰色カビの発生は認められないが、異状の認められたもの1果につきInfection10%、灰色カビの菌糸の発育が肉眼的にはっきり認められたもの1果につき、Infection20%とし、これらを加算して一試験区のInfection%とした。
Table1.の結果について、一応のめやすをうるため、補助的なグラフによって検討すると、Fig.1のように、照射しないものにおいても、もちろん、室温に曝露しておく時間は、イチゴのrefrigeration lifeにかなり影響していることがわかるが、照射したものでは、この関係はさらに明らかで、低線量率で長時間の室温照射を行なったものでは、たとえ200Krad照射しても、storage lifeはたかだか1週間であったが、1時間200Kradの室温照射をしたものでは、冷蔵4週間でも、なお十分Botrytisによる損害をくいとめることができた。
Fig.2は、接種菌量とrefrigeration lifeとの間の関係を示めしたもので、はじめの菌の汚染の度合というものが、refigeration lifeに相当関係していることがわかる。
Fig.3に、果実の状態とrefrigeration lifeの関係を示した。健全な、傷のないものがよい結果を示めしている。
すでに、多くの研究から、200Kradがいろいろな種類のイチゴの放射線処理に、最も適当な線量であることが知られているが、ダーナーでも、この線量で、官能的な品質を損なうことなく、冷蔵期間を延長することができる。
実際にイチゴを照射してのち冷蔵する場合、低温の設備のある照射装置で行なうに越したことはないが、200Krad/hr程度以上の線量率がえられるような線源を用いれば、室温の照射設備でもよい結果を期待しうるし、そ菜および果実の放射線貯蔵の検討は、むしろ、かなりの大線源を用いて行なう必要があろう。8時間、および24時間の照射時間をとったのは、1日に2〜3回、あるいは1日に1回の線源操作を考慮したのであるが、室温照射設備では、そのような粗放な管理は好ましくないと結論される。さらに、この場合、照射しないものを取り扱うと同時に、菌に汚染されてない清浄な健全果を選んで、検討の材料とすべきである。実際イチゴの放射線処理の実用化にあたっては、照射室を低温にすることは、そのための設備費、冷蔵設備機器の保守運転のための人件費を考えると、かなり照射コストにひびいてくるはずであり、あるいはまた、ジャガイモ、タマネギなどのように、照射中の温度をそれほど厳密に考えないようなものと施設を共用するときは、このような室温照射についての検討も必要と思われる。
たまたま、この実験を行なったときの照射室温は20℃であったが、それにより高い温度のときはどうか、つまり、室温と照射時間との関係もさらに検討する必要がある。室温に長時間照射したもので、菌の発育が早かったのは、低線量率室温照射の環境では、なお菌が増殖するためなのか、このような環境に比較的長時間おいたため、果実の生理的状態が変化し、Botrysisに対する感受性が増加したためかは、この実験からはわからなかった。
Effect of Irradiation on Betrytis Infection on Strawberries |
* Irradiation Inoculation Fruits |
Per Cent of Infected Fruits |
||
Exposure time at room temperature,hr |
|||
1 |
8 |
24 |
|
Storage,week |
Storage,week |
Storage,week |
|
1 2 3 4 |
1 2 3 4 |
1 2 3 4 |
|
Sound O Wounded Sound Unirrad L Wounded Sound H Wounded |
0 20 60 100 0 20 80 100 0 30 60 100 0 0 60 100 0 50 60 100 0 100 100 100 10 20 80 100 10 30 80 100 10 80 80 100 |
0 20 60 100 0 20 100 100 10 70 100 100 0 20 80 100 10 50 100 100 0 80 100 100 20 80 100 100 10 100 100 100 40 100 100 100 |
0 20 80 100 10 60 100 100 10 100 100 100 10 70 80 100 20 100 100 100 10 100 100 100 30 100 100 100 30 100 100 100 20 100 100 100 |
Sound O Wounded Sound Irrad L Wounded Sound H Wounded |
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 10 0 0 0 0 0 0 0 0 10 10 10 20 0 0 0 0 0 0 10 10 10 10 10 20 |
0 0 0 30 0 10 10 30 0 10 10 60 0 0 10 30 0 10 10 20 10 10 10 50 0 10 20 80 10 20 40 90 30 60 70 100 |
0 0 30 80 0 10 20 90 10 10 60 100 0 0 30 100 0 10 30 90 20 10 50 100 0 10 30 100 10 20 50 100 30 50 90 100 |
* Inoculation O:not inoculared, L:inoculated with spores in low concentration, H:inoculated with spores in high concentration |
〔1〕Schweigert,B.S.:Proc.5th Japan
Conference on Radioisotopes,
2−127(1963)
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of Radiation Pasteurization of
Fruits in South”,TID−2710(1964)
〔7〕Dept.Agr.,Economic Res.Serv.
:“Radiation Pasteurizing Fresh
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TID−21628(1965)
〔8〕Dietz,G.R.:“Elements of
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:東京都立アイソトープ総合研究所年報,1,82(1962)
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Mean of Extending the Shelf
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