放射線照射によりイチゴの貯蔵期間を延長させる試みは、1957年にBerahaら〔1〕により、その可能性が明らかにされて以来、多くの報告がみられる。Berahaら〔2〕は0.1〜0.3Mrepの照射により24℃貯蔵で3日間、5℃で10日間変敗糸状菌の発生を抑えることが可能であるとしている。Maxieら〔3〕によれば、イチゴを急速に冷却し、迅速な照射処理を行えば、200Krad,0〜5℃で良好な結果が得られるという。この照射は、照射の方法(温度、線量、線量率など)、試料の熟度、照射後の貯蔵条件(温度、包装)などにより、大きく左右され、また品種によっても異なる。〔4〕〜〔9〕
わが国の現実のイチゴの流通機構には、”コールド・チェイン”は未だ一般化されておらず、常温のまま栽培地から消費地まで輸送されている。イチゴは透明硬質塩化ビニルケースに容れられているが、特別の包装は行なわれていない。そこで我々は、日本における現実の流通機構の1段階に照射処理を採り入れることが、保蔵期間の延長に有効であるかどうかを確かめること、およびその場合の照射条件などを明らかにすることを目的として本研究を行った。また予備的実験として照射処理後の低温貯蔵に関する参考データを求めた。
群馬県産イチゴの流通過程における主たる変敗菌しとて今回分離したTO−1株は同定の結果Botrytis cinereaに属する菌株であることがわかった。一般にBot.cinereaの放射線感受性については、種々の報告があるが、その致死線量については95〜1,000Kradと研究者により大きな差がみられる。〔10〕〜〔12〕Sommerら〔13〕は、分生子、菌核、菌糸体など糸状菌の生長段階の差異が、その放射線感受性に影響を与えると指摘している。本研究では、試料イチゴより分離したBot.株、およびBot.標準株の分生子について、線量に対する生存率の曲線をとり、その致死線量を求め、諸外国のデータとの比較検討を行なった。
試料に用いたイチゴは、ダナー種、群馬県沼田市近郊(標高海抜380m)産、露地栽培のものである。試料の熟度は東京地方へ出荷するため、採取後2日後に適当な熟度になるような、側面がうすい橙色のグリーンチップである。試料は1966年6月13日早朝採取後すぐに栽培地で選別、箱詰めにし、同日午前中に照射処理を行なった。試料は透明硬質塩化ビニールのケース(22×15×5cm)に1段に並べた。ケースの殺菌は予め行なわなかった。ケースの上面はセロファン・フィルムで覆い、輪ゴムでシールした。セロファン・フィルムには、通常のものと防湿加工したもの、すなわち”Cellsy,#300”と”K−Cellsy,#300”(Daicel Ltd.)を使用した。
日本原子力研究所高崎研究所所有の80,000ciの板状Co−60密封線源に対して平行に上記のイチゴのケースを置き、室温23℃でγ線照射を行なった。使用した線量率は1.0×10・E(6)R/hrであった。
照射処理をした試料は21〜23℃で保存し、一部を8〜10℃の冷蔵庫に貯蔵した。試料の変敗菌による感染率の測定は、1日1回、定時にケースおよびフィルムの外側から肉眼で観察し、感染イチゴの個数を計数した。また試料の重量も同時に測定した。実験条件をTable1に示す。
DOSE |
KIND of CELLOPHANE SEAL |
TIME of EXPOSURE |
No.of STRAW− BERRIES* |
0 KR 0 100 100 200 200 300 300 |
Cellsy K−Cellsy Cellsy K−Cellsy Cellsy K−Cellsy Cellsy K−Cellsy |
0 min 0 6 6 12 12 18 18 |
182 160 169 158 171 160 174 160 |
* Number of boxes is always 4. |
供試菌の2株で、1つは試料イチゴより分離したBotryrtis cinerea TO−1、他の1つは東京大学応微研保存の標準株Botrytis cinerea IAM5128である。供試2株はPotato−Agar培地上で8〜16日前培養し、菌体をエーゼでかきとり、pH5.9のリン酸緩衝溶液中に入れ、じゅうぶん振盪分散したのち、No.3のガラスフィルタで濾過した。濾液の分生子懸濁液をガラス製の試料瓶(d=16.5,h=30mm)に入れ、照射した。線量率は2×10・E(5)R/hrであった。照射後、分生子懸濁液を定倍に稀釈したのちPotato−Ager培地に接種し、2〜3日間室温(21〜23℃)に保ち、発生するコロニーを計数して生存菌数とした。
21〜23℃において保存した試料イチゴのBot.cinereaおよびRhizopus属、Penicillium属などの変敗原因糸状菌による感染率と保存日数と関係を示したのがFig.1である。図中の数字は照射線量を示す。変敗原因糸状菌が生えはじめる時期は線量が増すにつれて遅くなる傾向にある。すなわち、OKRで照射(採取)後1日目、100KRで3日目、200KRで4日目、300KRで4〜5日目である。保存日数に対する感染率上昇の割合は、0.100KRではほぼ等しいが200KRではやや緩やかになる。300KR照射区は200KR照射区とくらべると、同じ保存日数に対して同等または高い感染率を示す。
線量に対して保存日数を目盛り、感染率を指標にとれば、Fig.2のような曲線が得られた。Fig.2において(a)はイチゴケースを防湿セロファン、K−Cellsyで覆った場合であり、(b)は通常セロファン、Cellsyで覆った場合である。イチゴが同一感染率を示すようになる保存日数は、線量が大きくなるにしたがって長くなるが、300KRでは200KRより短くなる。(Fig.2(b))。変敗原因糸状菌による試料の感染率が10%に達するのに、100KRで4日、200KRで5〜6日、300KRで5〜6日である。防湿セロファンを使用すると、同一感染率を示すようになる日数は200KRまでは増えるが、300KRでは200KRとほとんど変らない。(Fig.2(a))。
この保存温度では果実のツヤなどから考えて品質が保持されるのは、照射区、非照射区を問わず、採取後5日が限度である。非照射区の10%感染率を示す日数が2〜3日であるから(Fig.2),100〜200KRの照射により2〜3日の保存期間の延長が可能であると結論される。この数値は、Berahaら〔2〕による100〜300Krepの照射により24℃の温度条件で、3日間カビの発生を抑えたとの報告と合致する。このことから、放射線殺菌により保存期間の延長を行なう上で、わが国産のイチゴ、ダナー種、およびその寄生変敗菌の性質に在来種と特には差のないことが認められる。
対照として、照射処理イチゴを一部8〜10℃で貯蔵した。用いたイチゴの個数が僅少(50〜54ケ)のため傾向のみを述べる。この場合、非照射区でも採取後7〜8日の貯蔵が可能であり、100KRで9〜10日、200KRで11〜12日、300KRで14日〜16日の貯蔵が可能である(Fig.1参照)。この場合ラップフィルム(wrap film)にはK−Cellsyが有効である。
貯蔵日数に対して重量の百分率をプロットしたのがFig.3である。23℃貯蔵区では、ラップフィルムにCellsyを使用したものについては、重量は照射線量に関係なく直線的に減少し、3日目で採取直後の93%、6日目で86%になる。ラップフィルムにK−Cellsyを用いたものは、重量の減少率が小さく、6日目でもわずか3〜4%の減少を示すのみである。Fig.3に示すように、K−Cellsyの場合、線量が大きくなるほど重量減少率は小さくなる傾向がみとめられる。この現象は、放射線によってイチゴの組織が変質したためというよりも、むしろフィルムの重合度が放射線によって変わり、フィルムの物性が変化したためであると考えられる。8℃貯蔵分についても同様の傾向である。
上述のように、ラップフィルムの種類により貯蔵効果に差異がみられた。すなわち、23℃貯蔵の場合、イチゴの重量を保持するためには、通常セロファンより防湿セロファンが有効である。しかし、変敗菌による感染率からみると、水分の透過率の高い通常セロファンの方が、同一保存日数に対してより低い感染率を示す(Fig.2参照)。これは、イチゴの表面組織の水分濃度と変敗菌の成育速度との間に一定の関係があることを意味している。事実、雨上りに採取されたイチゴが変敗しやすいことはよく知られている。この貯蔵温度ではイチゴの保蔵限度は5日であるから、重量の減少はそれほど大きく品質には関係せず、感染率からみて通常セロファンの方が防湿セロファンよりラップフィルムとして適していると結論される。8℃貯蔵の場合は、通常セロファンでは10日目位から試料イチゴの乾燥がはなはだしく、変敗菌による変質以外に品質がみとめられた。この場合、変敗菌による感染率には、フィルムの種類により大きな差はみとめられなかった。したがって、8℃貯蔵では防湿セロファンの方が有効である。
試料イチゴの主な変敗菌と認められる分離株すなわち、Botrytis cinerea TO−1と対照とした標準株、Bot.cinereaIAM5128の2株の生存率曲線を示したのがFig.4である。この結果より生存率10%の線量(D10)およびInduction Dose(L)を求め、致死線量=12D10+L,によりそれぞれの致死線量を求めた。分離株および標準株の致死線量として、それぞれ、970KR、540KRの値を得た。Fig.4からも明らかなように、分離株の方が標準株より放射線抵抗性がある。Bot.cinereaの菌糸に対する致死線量としてはBerahaら〔10〕の95〜186Krad、またTeruiら〔14〕の800Krad(線量率:1,000Krad/hr)の報告がある。Sommerら〔13〕は、懸濁液の分生子濃度に対してBot.cinereaの50%の生存率を示す線量、D50が変化するとし、分生子濃度10・E(5)〜10・E(6)/mlでは、D50が340〜400Kradであると報告している。これに対し、本実験(分生子濃度:10・E(5)〜10・E(6)/ml)で得られたD50値は40〜50KRであった。
本実験で得られたBot.cinerea分離株の致死線量、970KRは、同様の実験条件で求められたPenicillium属、Aspergillus属の致死量、おのおの、200〜250KR、400KR〔15〕にくらべてかなり放射線に対して抵抗性の高いことを示している。
わが国のイチゴの流通機構の一段階に、γ線照射処理を採り入れることが、イチゴの貯蔵期間延長に有効かどうかを検討し、顕著な効果のあることを認めた。また群馬県産イチゴの主たる変敗菌がBotrytis cinereaであることを同定し、その放射線感受性を明らかにした。
(1)イチゴの品質保持の基準を変敗菌による感染率10%にとると、23℃で保蔵した場合、照射処理をしたイチゴは100〜200KRで無処理のものより2〜3日間長く品質が保持される。
(2)イチゴは透明な硬質塩化ビニル製のケースに入れ、セロファンフィルムでシールしたが、23℃貯蔵の場合には防湿加工セロファンの方が良好であった。
(3)照射イチゴの重量は、通常のセロファンを用いた場合、照射線量に無関係に直線的に減少し、6日目で採取直後の86%になる。これに対し防湿セロファンでは3〜4%の減少にとどまる。
(4)8℃貯蔵の場合のイチゴの貯蔵期間は無処理区の7〜8日に対し、200KRで11〜12日、300KRで14日〜16日である。この場合、ラップフィルムに防湿セロファンが有効である。
(5)群馬県産イチゴの主たる変敗菌TO−1を分離同定し、Bot.cinereaであることを確めた。このBot.cinereaTO−1およびその標準株、Bot.cinereaIAM5128(東大応微研保存)の照射線量に対する生存率曲線よりその致死線量を求め、各々、970KR、540KRの値を得た。
終りに臨み、本実験に際して御教示をいただいた理化学研究所・岡沢精茂博士、試料イチゴの入手に便宜をはかってくださった群馬県経済農業協同組合連合会の茂木正道、八高喬樹の両氏、並びに久呂保農業協同組合の諸氏、およびセロファンフィルムを提供された伊藤彰彦博士に対し感謝いたします。
Literature cited
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〔14〕Terui,M.,et al.
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〔15〕Ito,H.,et al.:to be published
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