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照射効果(IRRADIATION EFFECT):食品に放射線を照射した場合の貯蔵、衛生化等の効果

病原菌の殺菌(肉・肉製品・家禽肉)


発表場所 : 食品照射、vol.27(1,2)、19−26.
著者名 : 野々宮 孝、伊藤 均*、森本 明徳、山城 富男**、石垣 功*、岩槻 和男、堤 孝正
著者所属機関名 : 農林水産省動物検疫所(〒235 神奈川県横浜市磯子区原町11−1)、*日本原子力研究所・高崎研究所(〒370−12 群馬県高崎市綿貫町1233)、**科学飼料研究所ワクチンセンター(〒285 千葉県佐倉市大蛇町7)
発行年月日 : 1992年
γ線照射によるRNAウイルスの不活化
○ 序
○ 材料および方法
1 供試ウイルス
2 γ線照射
3 ウイルス力価の測定
4 牛血清蛋白へのγ線照射による影響
○ 実験結果
1 ウイルスの不活化
2 血清蛋白への影響
○ 考察
○ 文献



γ線照射によるRNAウイルスの不活化


γ線照射によるRNAウイルスの不活化
○ 序

 現在輸入されている畜産物の種類は多岐にわたっており、これらの畜産物について動物検疫上特に問題になる家畜ウイルス性疾病として、口蹄疫、牛疫、アフリカ豚コレラをはじめとする海外悪性伝染病があり、その侵入防止には万全を期している。輸入畜産物の一部は到着後、輸出国及び種類に応じて薬品による消毒を実施しているが、畜産製品の変質を考えると対象物及び消毒方法に限界がある。近年、γ線が食品照射、実験動物用飼料及び医療用具の滅菌等に活用されていることから、今回RNAウイルスを用いて、γ線によるウイルスの不活化効果及び血清タンパク質への影響について検討を行った。

○ 材料および方法
1 供試ウイルス

 水胞性口炎(VS)、牛ウイルス性下痢・粘膜病(BVD・MD)、牛RS(RS)及びブルータング(BT)の4種のウイルスを用いて、ドライアイス凍結下及び室温下でγ線によるウイルスの不活化試験を実施した(表−1)。

 γ線照射前の各ウイルス力価は、室温下では10・E(5.6)〜10・E(7.8)、ドライアイス凍結下では、10・E(5.3)〜10・E(7.5)(TCID50:50%感染終末点/ml)であった。


表−1 供試ウイルスと使用細胞
      ウ イ ル ス       
   株  名   
 細  胞 
牛ウイルス性下痢・粘膜病(BVD・MD)
牛RS(RS)             
水胞性口炎(VS)           
ブルータング(BT)          
十勝        
NMK−7     
New Jersey
分離株*      
牛胎仔精巣 
牛胎仔腎  
Vero  
HmLu−1

*血清タイプ同定中


2 γ線照射

 γ線照射は日本原子力研究所高崎研究所で実施し、室温照射では、照射当日ウイルス液を調製し、室温約15℃で照射した。ドライアイス凍結照射では、ウイルス浮遊液を調製し−80℃で凍結保存した。照射当日は、凍結したままドライアイスに入れ輸送した。また、照射中もドライアイス下に置いた。γ線源は150kCiコバルト60を用いてデュワー瓶中に試料とドライアイスを入れ照射を実施した。なお、各照射位置及びデュワー瓶中の吸収線量は、Frickeの鉄線量計で測定した。

 室温照射は、0〜16kGy(一部12kGy)まで2kGy間隔、8段階(一部6段階)で実施した。ドライアイス凍結では、0〜36kGyまで3kGy間隔、12段階で実施した。

3 ウイルス力価の測定

 γ線照射後のウイルス力価を測定し、ウイルス不活化の効果を調べた。ウイルスの測定は、96穴マイクロプレートに培養した各種細胞(表−1)を用い細胞変性効果(CPE)を観察し、Behrens−Kaerber法によりTCID50を算出した。照射後のウイルス液は原液より10倍段階希釈し、それぞれ0.05ml/穴接種後、維持培養液0.1ml/穴を分注し、37℃5%CO2下で培養してCPEを観察した。


表−1 供試ウイルスと使用細胞
      ウ イ ル ス       
   株  名   
 細  胞 
牛ウイルス性下痢・粘膜病(BVD・MD)
牛RS(RS)             
水胞性口炎(VS)           
ブルータング(BT)          
十勝        
NMK−7     
New Jersey
分離株*      
牛胎仔精巣 
牛胎仔腎  
Vero  
HmLu−1

*血清タイプ同定中


4 牛血清蛋白へのγ線照射による影響

 血清中の中和抗体価への影響については、IBR(牛伝染性鼻気管炎)中和抗体価の異なる2種(4倍と32倍)の牛血清を用いてウイルス不活化と同じ方法でγ線を照射した。

 牛血清の電気泳動による分画は、中和抗体価測定に用いたものと同一の牛血清を供試した。牛血清の電気泳動による分画の測定は、セルロース・アセテート(CA)膜を用いて、0.8μl/0.8cmで塗布し0.8mA/cmで45分間通電した。

 電気泳動像は、ポンソー3Rで染色後デカリンで処理し、コンピューティングデンシトメーターで測定した。

○ 実験結果
1 ウイルスの不活化

 室温でのγ線照射によるウイルス不活化試験では、RS,VS,BVD,MD及びBTウイルスの不活化は図−1に示すようになった。D10値はそれぞれ3.4,2.2,1.5及び2.5kGyで、RSウイルスのD10値が一番高く、BVD・MDウイルスのD10値が一番低い値となった(表−2)。

 ドライアイス凍結下でのγ線照射によるウイルス不活化試験では、RS,VS,BVD・MD及びBTウイルスの不活化は、図−2に示すような結果が得られた。D10値はそれぞれ4.4,3.4,2.6及び5.0kGyで、BTウイルスのD10値が一番高く、BVD・MDウイルスのD10値が一番低い値となった(表−2)。

 室温及びドライアイス凍結下のD10値は、BVD・MDウイルスが共に一番低い値となった。


表−2 各種ウイルスの不活化線量とD10値
 ウイルス 
      
  照射前(TCID50/ml)   
    *RT/DRY ICE    
不活化線量(kGy)
RT/DRY ICE
D10値(kGy) 
RT/DRY ICE
BVD・MD
RS    
VS    
BT    
10・E(6.5)/10・E(6.5)
10・E(6.1)/10・E(5.3)
10・E(7.3)/10・E(7.5)
10・E(5.6)/10・E(5.8)
    9/16  
   20/26  
   13/22  
   15/30  
  1.5/2.6 
  3.4/4.4 
  2.2/3.6 
  2.5/5.0 

*RT/DRY ICE:室温/ドライアイス



図−1 室温下のγ線照射による各種ウイルス不活化



図−2 ドライアイス凍結下のγ線照射による各種ウイルス不活化


2 血清蛋白への影響

 血清中の抗体価の影響について、2種の異なるIBR中和抗体価の牛血清を用いて照射を実施したところ、室温では16.0kGy照射で中和抗体価が1〜2管低下した(図−3)。一方、ドライアイス凍結で36.0kGy照射でも中和抗体価は変動しなかった(図−4)。

 CA膜を用いた血清蛋白の電気泳動像は、中和抗体価が4倍と32倍の2種の血清において、ドライアイス凍結及び室温下の照射とも同様のパターンを示した。室温下では、6.0〜8.0kGyでβグロブリン分画とα及びγ分画の接点は平となり、8.0〜10.0kGy以上では、α、β、γグロブリン分画が1峰を形成してグロブリンの変性が認められた(図−5)。しかし、ドライアイス凍結下では、36.0kGyでもアルブミン分画及びα、β、γグロブリン分画の4峰を示した(図−6)。


図−3 室温下のγ線照射による中和抗体価の変動



図−4 ドライアイス凍結下のγ線照射による中和抗体価の変動



図−5 室温下のγ線照射による牛血清の電気泳動像の変化(中和抗体価:32倍)



図−6 ドライアイス凍結下のγ線照射による牛血清の電気泳動像の変化(中和抗体価:32倍)


○ 考察

 輸入畜産物のうち肉類及び臓器類は、食用に供されることから、消毒が実施できず、輸入可能な仕出し地域が制限されている。また、動物の血液も用途により検疫対応の困難なものがあり、新しい消毒方法の開発が望まれている。

 今回、RNAウイルスを用いて、γ線によるウイルス不活化を検討し、併せて血清蛋白の変性についても若干の検討を加えた。

 Tomasらによると、γ線による室温照射でRNAウイルスのBT,BVD・MD及びDNAウイルスのIBRの各ウイルスのD10値は、すべて2kGy以下と報告〔2〕されている。著者らはIBRウイルスの室温におけるD10値は、1.1〜1.2kGyと報告〔3〕した。また、今回実施したBVD・MDウイルスの室温におけるD10値は、1.5kGyでTomasらの報告と一致したものの、BTウイルスのD10値は、2.5kGyとやや高い値になった。

 一方、ドライアイス凍結下でBTウイルスを供試したγ線照射による不活化試験において、Campbellは、マウス脳継代BTウイルスと細胞培養BTウイルスのD10値がそれぞれ6.1〜6.5と5.6〜6.3kGyと報告〔4〕している。今回実施したドライアイス凍結下のBTウイルスのD10値が5.0kGyとなり、Campbellの結果よりやや低い値となった。

 これらの成績から、ウイルス粒子の大きさ、核酸の種類、エンベローブの有無など性質の異なる4種類のウイルスを用いて室温及びドライアイス凍結下でγ線照射を実施した結果は、室温及びドライアイス凍結下でのD10値がそれぞれ1.5〜3.4kGy及び2.6〜5.0kGy(表−2)で、γ線の直接作用しか働かないと考えられるドライアイス凍結下の方が高い値となった。

 このことは、γ線による殺菌効果が、水分が多量に存在する系では、おもに水に直接作用することによって生成する水分解ラジカルが生体内DNA鎖切断を引き起こし、この間接作用によって殺菌作用が生じる。しかし、水分がほとんどない乾燥状態やラジカル移動が妨げられる凍結状態では、間接作用の割合が少なくなり、γ線の直接作用の割合が大きくなるという理論〔1〕を裏付ける結果となった。

 Tomasらは、ウイルスのビリオンコアのサイズとD10値との間に完全な負の相関はなかったと報告〔2〕している。これまでに実施した成績と今回の成績から各種のウイルスの性状〔5〕〔6〕とD10値を比較(表−3)したところ、ビリオン直径が比較的小さいBVD・MDウイルスのドライアイス凍結及び室温下でのD10値は、これよりビリオン直径の大きいVSやRSウイルス等に比較し低い値となった。このことからウイルス直径とD10値の間に必ずしも負の相関は認められず、TomasらのビリオンのコアサイズD10値の成績とほぼ一致した。

 また、ウイルスの分子量、核酸の相違、エンベローブの有無によるD10値との関係は、今回の成績では明らかにならなかった。今後、試験の例数を増やすとともにウイルスの種類も増やして検討していく必要があると思われる。

 血清中の抗体価の変化は、室温下の照射で中和抗体価が1〜2管低下したもののドライアイス凍結下では抗体価の変動は認められなかった。同様に、電気泳動像でも室温下では、グロブリン分画に変化を認めたが、ドライアイス凍結下では著明な変化を認めなかった。

 このように、RNA及びDNAウイルスは、共にドライアイス凍結下で30kGyの線量を照射することにより10゜TCID50/mlのウイルス量を不活化出来ることが明らかとなった。また、血清中のウイルス不活化には、線量は多く必要とするもののドライアイス凍結下で実施すれば、血清成分の変性が少なく、かつ抗体価に影響しないでウイルスを不活化することが可能な知見を得た。

 このことから、動物の血清や血液製剤に対する消毒方法としてγ線照射に有用性が示唆された。なお、今後ドライアイス凍結下でのγ照射による蛋白質への影響については、より詳細なデータを取り、分析する必要があると考える。


表−2 各種ウイルスの不活化線量とD10値
 ウイルス 
      
  照射前(TCID50/ml)   
    *RT/DRY ICE    
不活化線量(kGy)
RT/DRY ICE
D10値(kGy) 
RT/DRY ICE
BVD・MD
RS    
VS    
BT    
10・E(6.5)/10・E(6.5)
10・E(6.1)/10・E(5.3)
10・E(7.3)/10・E(7.5)
10・E(5.6)/10・E(5.8)
    9/16  
   20/26  
   13/22  
   15/30  
  1.5/2.6 
  3.4/4.4 
  2.2/3.6 
  2.5/5.0 

*RT/DRY ICE:室温/ドライアイス



表−3 ウイルスの性状とD10値の比較
 ウイルス 
      
 核  酸 
      
ビ リ オ ン
直 径(nm)
エンベロープ
の有無   
    分 子 量    
(10・E(6)ダルトン)
D10値(kGy) 
RT/DRY ICE
BVD・MD
RS    
VS    
BT    
IBR   
ss−RNA
ss−RNA
ss−RNA
ds−RNA
ds−DNA
 40− 70
150−300
170× 70
  54   
150−200
  +   
  +   
  +   
  −   
  +   
   4         
   5.8       
   3.5−4.6   
   15        
   54        
 1.5/2.6  
 3.4/4.4  
 2.2/3.6  
 2.5/5.0  
 1.1/3.4  


○ 文献

〔1〕伊藤 均:ニューフードインダストリー,12,17−22

   (1986)

〔2〕Tomas F.C.et al:Gamma ray

   inacivation of some animal

   viruses,Can.J.Comp.Med.,45,

   397−399(1981)

〔3〕野々宮孝、伊藤 均ら

   :γ線照射による牛伝染性鼻気管炎ウイルス不活化、食品照射、

   25,83−88(1990)

〔4〕Campbell C.H.

   :Immunogenicity of blue−tongue

   virus inactivated gamma

   irradiation,Vaccine,3,401−406

   (1985)

〔5〕保坂康弘ら:ウイルス図鑑、講談社、66−67(1972)

〔6〕Mohanty.B and Dutta.K

   :Veterinary Virology(獣医ウイルス学、

   訳:小西信一郎ら)文永堂、118−121(1982)

(1992年5月29日受理)




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