病原大腸菌O157:H7は数年前に米国で大規模な食品由来の病気を引き起こした。米国での原因食品は牛肉のひき肉を用いたハンバーグと報告されて おり,肉製品の放射線による衛生処理が米国で注目されている。病原大腸菌O157:H7はわが国やヨーロッパ諸国にも拡散し,各地で被害をもたらして いる。病原大腸菌O157:H7はバクテリオファージ等の転移過程で新たに発生した新型の病原菌であり,すでに多くのタイプに分かれていると報告され ている。最近わが国でも,牛肉等の肉製品が原因での病原大腸菌0157:H7による病気発生が報告されており,食肉中での病原大腸菌O157:H7の放 射線殺菌効果について検討しておく必要があると思われる。本研究では牛肉,鶏肉,豚肉より大腸菌O157:H7の分離を試み,放射線殺菌効果について検討した。
市販の牛肉,鶏肉,豚肉を各4試料入手し,Mac-Conkey agar平板培地で大腸菌群の分布を比較すると共に,病原大腸菌分雛培地[栄研化学馨で病 原大腸菌の増菌・分離を試みた。分離株は定法により各種生化学的性質より大腸菌を分別し,混合血清反応により病原大腸菌株を選別した。血清型O157 及びH7型の反応はデンカ生研鰍フ免疫血清及び関東化学鰍フO157検出キット「UNI」を用い,H7型については菌懸濁液及び上澄み液で検定した。さ らに,ベロ毒素抗体はデンカ生研鰍フVTEC-RPLAを用いて,ベロ毒素産生能について検討した。本研究で比較に用いた病原大腸菌O157:H7 標準株のIID959株は東京大学医科学研究所より入手した。
各分離株のガンマ線感受性は当研究所の照射装置を用い,0.067M燐酸緩衝液中に懸濁した定常期細胞について比較した。また,病原大腸菌O157:H7 の食肉中での殺菌効果は標準株のIID959株の定常期細胞を牛肉中に混合し,室温下及びドライアイス凍結下で照射し,生残菌数より殺菌効果を検討した。
Table 1に示すように,1g当たりの大腸菌群は牛肉で1.1×101〜1.9×103個, 鶏肉で1.3×102〜1.3×105個,豚肉で6.0×103〜7.2×103個であり,牛肉で は汚染函数が比較的少なかった。なお,これらの大腸菌群は主に腸内由来の細菌群で構成されていた。
病原大腸菌分離培地から得られた菌株は牛肉11株,鶏肉14株,豚肉12株であったが,混合血精で賜性反応を示したのは鶏肉より得られた2株のみであった。一方,牛肉の大腸菌群検査で1g当たり1.9 ×103個検出されたコロニーは全て類似した形状を示していたので,代表的コロニーを釣菌して混合血清反応を調べたところ陽性反応を示した。本株を純 粋分離したところ2株が共生状態にあり,Table 2に示すように糖分解能が異なっていた。さらに,血清型O157とH7で比較したところ,Table 3に示 すように牛肉より分離されたA4‐2株及び鶏肉より分離されたC1株が腸性反応を示し,H7については培養液上澄みでも賜性反応を示した。大腸菌分 離株でもO157だけが陽性の場合にはべロ毒素産生能がない株が存在するが,H7も陽性の場合にはべロ毒素馨生能があるものが多いとされている。べロ 毒素検出キットでの簡易反応でA4‐2株,C1株とIID959株は優性反応を示した。従って,本結果はわが国においても大腸菌O157:H7が牛肉や鶏 肉に汚染していることがあることを示している。なお,牛肉や鶏肉より分離されたO157:H7型の病原大腸菌A4‐1株及びC1株の糖分解離等の生化学的 性質は標準株と異なっており,Table 2に示すようにNutrient agar培地上・10℃でも生育が認められた。
一方,Table 3及びFig.1に示すように牛肉及び鶏肉より分離されたA4‐2株及びC1株は放射線感受性が著しく高く,標準株のIID959株のD10 値が燐酸緩衝液中で0.12kGyであるのに対し,両株とも0.06kGyであった。一般の大腸菌分離株ではD10値は0.11〜0.15kGyを示しており,牛肉及び 鶏肉からのO157:H7分離株は一般大腸菌より少ない線量で殺菌可能なことを示している。
次に,標準株のIID959株の殺菌効果を牛肉中で調べたところ,Fig.2に示すように室温照射でのD10値は0.26kGy,凍結照射でのD10値は0.46kGyとなった。 これらの値はThayer らの報告とほぼ同じである。本研究の場合,牛肉の1試料が大腸菌O157:H7により1g当たり1.9×103個汚染されていた可能性があり, この結果より1g当たり10-3個まで殺菌に要する線量は標準株でも室温照射では1.5kGyである。また,凍結下でも3kGyで殺菌可能である。 しかし,本結果は市販品の汚染菌検査より算出されたものであり,実際の放射線処理は生産地の汚染細菌が増殖していない状態で行うべきであり,この場合には必要線量は室温下では1kGyで 十分であろう。
なお,本研究で分離されたA4‐2株及びC1株はO157:H7型の血清反応を示すが,発病性があるかどうかは検討していない。ここでは,あくまで 食肉の放射線殺菌の可能性を検討するために食肉中の大腸菌汚染を調べた結果であり,病原大腸菌O157:H7の食肉汚染の可能性についての詳細な研 究は他の関係研究機関で検討する必要があろう。
文献
1) D.W.Thayer and G.Boid:Elimination of Escherichia coli O157:H7 in meats by gamma irradiation,Appl.Environ.Microbiol.,59,1930(1993).
2) E.A.Murano:Irradiation of fresh meats,Food Technology,December,52(1995).
3) Yutapong P.,D.Banati and H.lto:Shelf life extension of chicken meat by gamma irradiation and microflora changes,Food Sci.Tech.Int,2(4),1242(1996).
sample No. |
Coliform bacteria |
Totalb aerobic bacteria |
Beef 1 2 3 4 Chicken 1 2 3 4 Pork 1 2 3 4 |
1.8×10E+2 5.0×10E+2 1.9×10E+3 1.1×10E+1 l.3×10E+2 9.8×10E+3 1.6×10E+2 1.3×10E+5 6.0×10E+2 2.2×10E+3 7.2×10E+3 1.3×10E+3 |
3.6×10E+5 6.0×10E+6 7.0×10E+6 1.0×10E+6 5.8×10E+5 5.2×10E+6 3.9×10E+4 6.4×10E+6 2.8×10E+6 3.3×10E+4 1.6×10E+6 6.1×10E+7 |
Strain No. |
Methyl red |
VP |
Indole |
Growth at l0℃ |
Femnentation glucose lactose sorbitol |
A4‐1 A4‐2 CI B4 LCI‐2 IID959 |
+ + + + + + |
+ + + − + + |
+ + − + + + |
++ ++ ++ w + w |
+ + − + − + + − − + + + + + + + + − |
w:weak |
Strain No. |
Isolation source |
Mixed O antigens |
O157 |
H7 |
D10 value (kGy) |
A4‐1 A4‐2 C1 84 LC1‐2 IID959 |
beef beef chicken pork chicken type strain |
− + + − + + |
− + + − − + |
− + + − − + |
0.06 0.06 0.06 0.23 0.15 0.12 |
* Mixed O antigens:O18,O114,O142,O151,O157,O158 |
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