γ線照射の水産物への応用としては、生鮮魚介類に低線量を照射した場合、ある程度を保持することができるという事実があるが、それと共に魚肉改質への利用としてマグロ肉の復色が考えられる。
現在のマグロ漁業では褐変したマグロ肉はかなりの量にのぼり、味は劣っていないにもかかわらず極端に市場価値が下がる。しかし褐変した肉を復色させるよい方法はない。その意味でγ線照射による復色の研究の意義があるように思われる。
これに関連する研究を挙げてみると、外国ではTappel(1956)〔1〕が、メトミオグロビンを含む肉に照射するとオキシミオグロビンが再生され、その機構は照射による水のイオン化の結果形成されるOHラジカルの作用によると提唱している。
わが国においても松浦ら(1966)〔2〕は照射によるマグロミオグロビン溶液の変化を調べ、色素濃度、pH、塩濃度がその変化を促進する要因であることを観察している。
著者らは、産業界が褐変に対する技術的な解決方法を切望していることもあって、照射によるオキシミオグロビンの再生を褐変マグロ肉の褐色に、実際に応用してみた。オキシミオグロビン再生については、いまだ定量的な測定が行なわれていないので、メトミオグロビン%を指標として褐色と線量や包装材料との関係、照射後冷凍貯蔵中の色と貯蔵時間との関係などについて検討した。
試料と方法:東京中央魚市場より購入した遠洋性冷凍メバチマグロのフィレーを5×2.5×1cmの大きさに切り、セロファン・ポリエチレンおよびアルミニウム・ポリエチレン重層フィルムで減圧包装(約3mm Hg)したものとcontrolとして無包装のものを−10℃に冷凍しながら1400キューリーのコバルト60線源を用いてγ線照射を行なった。使用線量は3,1,0.5,0.2,0.1,0.05Mradである。照射後−20℃のfreezerに貯蔵し、照射後4,24,72,168時間後のメトミオグロビン%を尾藤の方法〔3〕に従い、水抽出液の503mμと540mμの吸光度比から測定した。また照射によるミオグロビンおよび水溶性蛋白質の変化の有無を澱粉ゲル電気泳動法〔4〕を用いて調べた。この際水抽出液中のミオグロビンは赤血カリとシアン化カリを加えてシアンメントミオグロビンに誘導して泳動を行なった。照射マグロの官能検査は解凍後実施した。
Table.1に示すように、高線量になるに従ってよく褐色する。3Mrad,1Mrad,照射では著しく褐色したが、照射臭が極めて強い。0.5Mradでも照射臭は強い。結局、フレーバーの点からいえば0.2Mrad以下が適当である。但し、上記のデータはアルミニウム・ポリエチレン重層フィルムで減圧包装(約3mm Hg)して照射した場合である。
マグロ肉は照射によって包装の有無にかかわらず肉色は回復する。しかしながら、照射時に酸素が存在すると、復色に関してはマイナスの作用をする。アルミニウム・ポリエチレンで減圧包装した場合が最も顕著な復色を示したが、これはアルミニウムが酸素を透過させないからであろう。
The grade of meat color development and eating quality of the irradiated flesh of frozen bigeye tuna by organoleptic rating |
Dosage |
Grade of meat color |
Flavor acceptance |
(Mrad) 3.0 1.0 0.5 0.2 0.1 0.05 0 |
Brightest red Bright red Bright red Bright red Red Slightly pink Tan |
Not acceptable Not acceptable Tolerably acceptable Acceptable Acceptable Acceptable Acceptable |
Examinations were performed by the experienced tuna handlers from Tokyo Central Wholesale Market and the laboratory personnel. |
回復した色はメトミオグロビンの再形成によって再び退色して行くことがわかった。そこで、−20℃貯蔵中の肉について照射後の経過時間とメトミオグロビン%(メト化率)の関係を調べてみた。Fig.1はアルミニウム・ポリエチレンで減圧包装して照射しそのまま−20℃に貯蔵した場合である。
Fig.2は、セロファン・ポリエチレンで減圧包装し、照射した場合の結果である。
さらに、無包装の状態で照射した場合の結果を次に示す。
無包装の場合は、アルミニウム・ポリエチレン包装、セロファン・ポリエチレン包装の場合よりもかなり高いメトミオグロビン%を示した。しかも肉の表面(酸素との接触面)が褐色していた。
次に以上の結果を比較するために、適正な線量0.2Mrad照射の場合だけ抜き出してみた。
この中ではアルミニウム・ポリエチレン包装した場合が最もよく肉色を保持できた。しかし、その場合でもメトミオグロビンの再形成はかなり早いことがわかった。
照射によってミオグロビン及び他の水溶性蛋白質に変化がおこるかどうかを澱粉ゲル電気泳動法を用いて調べた。0.1Mrad〜1.0Mradそれぞれ照射肉及び非照射肉の水抽出液の電気泳動結果を模式図的にFig.5に示す。これはアミドブラック10B染色の場合であるが、ヘムを発色させるベンチジン染色も併せ行なった結果、陰極側の一成分がミオグロビン、陽極側の成分がミヨゲンと考えられる。この電気泳動像から比較すると、この程度の線量では照射による変化を見い出すことはできない。
照射マグロ肉の明赤色がオキシミオグロビンの再形成によることは明かである。0.4Mrad照射前と照射後におけるマグロ肉の水抽出液の吸収スペクトルをFig.6に示す。
非照射肉の方はメト化率75%のものであるが、502mμと630mμに吸収のPeakがあり、オキシミオグロビンが少し残っている関係上、540mμと575mμにもややなだらかな吸収の山が見られた。一方、照射した肉では540mμと575mμにはっきりとpeakがみられ、メト化率は40%に回復した。
75%のメトミオグロビンを含む凍結メバチマグロ肉にγ線照射を行なって復色の程度を調べた。その結果、照射臭が極めて少なくしかも復色が著しい0.2Mradが適当な線量と思われる。
しかしながら、照射後メトミオグロビンの再形成は早いので、それを防止して回復した色を長期間保持する方法を更に検討する必要がある。
〔1〕Tappel,A.L.:Food Res.,21,650
(1956).
〔2〕Matsuura,F.:Personal
communication(1966).
〔3〕Bito,M.:Bull.Jap.Soc.Sci.Fish.,
31,534(1965).
〔4〕Yamanaka,H.,Yamaguchi,K.,
Matsuura,F.:Bull.Jap.Soc.Sci.
Fish.,31,827(1965).
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