**寒天及びアガロイドのガンマ線照射に関する研究−1
食品の殺菌、あるいは食品加工技術への利用を目的としてガンマ線を照射する場合、対象食品ないしは食品素材本来の物理化学的性状に及ぼす作用あるいは影響度を承知しておくことが望ましい。
寒天は微生物培地基材としても重要であるが、量的には食品としての利用が大きい。風乾物(水分10〜20%程度)は、いわゆる角寒天、細寒天、粉末寒天の形態に留らず、任意の形状の多孔質構造、あるいは透明フィルム(厚さ10〜30nm,等)さらにはタブレット状、等の様々な形態に調製できる。それらの固体の水分状態としては、必要に応じて、絶乾物状態から濡れ状態のものも調整できる。
さらに、多水分食品のモデルともいうべき水ゲル(固形分1〜2%程度)、あるいはその凍結品状態など、様々の状態において実験材料として使用できる特徴がある。
いっぽう寒天は、通常の食品の主成分であるデンプンと同様に、天然高分子の炭水化物(多糖類)である。デンプン類に及ぼすガンマ線照射の影響として、一般に粘性低下の現象が知られている〔1〕,〔2〕。しかし、食品加工段階での粘性の測定、評価は必ずしも容易でない。 これに対して、寒天の物性は、ゲル融点によって象徴的に評価でき、かつかなり精度よく測定できる利点がある。〔3〕,〔4〕
ところで、ガンマ線を照射して寒天のゲル融点、その他の理化学的性状については西沢〔5〕の報告がある。が、実験材料として用いられた試薬寒天は、そのゲル融点から判断して、かなり低分子化しており、寒天の通性を代表した材料とは言い難い一面があった。
このような見地から、本研究においては、来歴の明らかな寒天を用い、風乾物状態とゲル状態とでガンマ線を照射した場合、寒天の凝固性に及ぼす影響を、主にゲル融点によって比較、検討する目的で照射実験を行った。
また、寒天の類似物質であるカラギーナンについても、起源の明らかな原藻から実験材料を調製して比較、検討し、基礎的な知見とした。
なお、寒天原藻のテングサ属海藻にガンマ線を照射した場合の効果については、天野らの研究〔6〕,〔7〕がある。著者の本研究に関連する他種の寒天原藻、及びカラギーナン原藻に及ぼすガンマ線照射効果については別報にゆずる。
寒天A: フィリピン産オゴノリ、Gracilaria verrucosa,からアルカリ処理法〔5〕によって製造された粉末寒天(Universal Sea Products Indust.(Phil.)製)を水とともに煮沸溶解し、脱肪綿濾過後、30cm角のアルミトレイに注入、凝固し、各辺を4分割して真空凍結乾燥して再製した、7cm角、厚さ5mmのスポンジ薄片状寒天。
寒天B: アルカリ処理オゴノリGr.verrucosaから製造された粉末寒天(伊那食品工業製)を寒天Aと同様にして精製した寒天。ただし、真空凍結乾燥品の大きさは、略18×10×50(mm)、1個約150mgのミニ角天型・スポンジ状寒天。
寒天C: ベニゼェラ産シラモ、Gracilaria copmressa(非アルカリ処理藻)から、低温酸処理法〔9〕によって抽出し、−−−(熱粘稠液の濾過促進剤として塩化カルシウムを添加〔10〕)−−−真空凍結乾燥した。このようにして製取した寒天を、水洗、圧搾脱水(手圧)、温風乾燥によって精製した6cm角、厚さ約1mmのフィルム状寒天。
カラギーナンD: 沖繩産カタメンキリンサイ、Encheuma gelatinae,から、低温酸処理法によって抽出し、真空凍結乾燥して製した7cm角、厚さ16mmの白色、蜂の巣状構造のカラギーナン相当物質。
カラギーナンEo: フィリピン産キリンサイ属、Eu spinosumから、Dと同様にして製したカラギーナン。
カラギーナンEk: 上記Eu. Spinosumを水酸化カリウムとともに煮熟抽出して真空凍結乾燥して得たカラギーナン。
カラギーナンFk: フィリピン生キリンサイ属、Eu cottonii,から、Ekと同様にして製したカラギーナン。
以上の実験材料の性状を一括してTable1に示す。
Mark |
Raw Material Seaweed |
Processed Extract |
||||
Species and Origin |
alkali− treatment |
Bulk Density (g/cm3) |
Moisture (%) |
E−Value *3 |
Melting point(℃)of 1.0% gel 1.5% gel |
|
A B C D E E F |
Gracilaria Verrucosa:Philippines (Reprocessed from U−factory product) Gr.Verrucosa:(Imported Seawood) (Reprocessed from I−Factory Product) Gr.compressa:Venezuela Eucheuma Gelatinae:Okinawa,Japan Eu.spinosum:Philippines D Eu.cottonii:Philippines |
Yes *1 Yes *1 No No No Yes *2 Yes *2 |
0.017 0.016 0.12 0.014 ─── ─── ─── |
14.5 16.0 18.4 13.6 10.4 11.6 14.8 |
67 57 86 246 357 255 279 |
91.0 91.4 97.0 ─── 86.8 ─── 43.7 (ca.50.5) ─── 46.7 ─── 41.8 ─── 58.0 |
*1 Pretreatment for extraction, followed after Funaki−Kojima’s method, by use of NaOH. *2 Extraction with alkall(KOH). *3 Relative value of colloidai−titration. |
寒天Aは裸状態のまゝ照射した。寒天B、及びC、並びにカラギーナンDは、取扱いの便宜上、ポリエチレン小袋に入れた状態で照射した。
見かけ濃度1〜2%の範囲で数段階の濃度に調製した。それぞれの熱ゾル約4mlを内径10mm、長さ10cm、重量10g(標準仕様)の小ガラス試験管に注入し、室温(10〜15℃)に放冷、凝固させた。
(照射2日前)。
凝固後、固く綿栓して1昼夜室温に保持し、照射室までの運搬中は氷冷して低温(5〜10℃)保持した。
これらのゲル試料(小試験管)を、所定位置の床上、約15cmに正置して照射した。
日本原子力研究所高崎研究所のコバルト60線源(1.66×10・E(5)curie)により、0.1〜1Mradの線量を照射した。各線量率の照射位置は、予かじめFricke鉄線量計で測定しておいた。照射時間は60分間であった(照射室々温、約20℃)。
照射開始30分後、中断して試料を線源に対して反転させた。なお、1Mradの場合は0.5Mradと同位置で2時間照射とし、60分後に試料を反転させた。
見かけ濃度0.5〜2.5%に調製したゲル−−−前記の小試験管−−−−について、既報の方法〔11〕により融点を測定し、2連平均値で表わした。ゲル調製の際、それに先立って熱ゾル10〜20gをアルミニウム秤量管にとり、105℃乾燥固形分を秤り、濃度を確定した。
なお、水酸化カリウム抽出したカラギーナンを例外として、寒天及びカラギーナンを水とともに加熱溶解する際は、PHが略7.2〜7.4(CR)を保持することを確認し、又は必要に応じて調整した。
融点測定用の試料と同時に、水ようかん缶に分注し凝固したゲル(厚み、20mm)を測定試料とした。レオメータ(不動工業)を用い、次の条件下で径1cmルサイト円柱形プランジャーを圧入した際の破壊強度を比較した。〔17〕この実験に限っての比較数値(g/cm2)である。
荷重範囲:500g重(250mVolt)。試料上昇速さ;6cm/mm。クリアランス;2mm。チャートスピード;80cm/mm。
谷井の方法〔12〕に従うコロイド滴定に基ずく比較数値である。寒天やカラギーナン中に結合して存在する硫酸基、等に起因する負電荷の大小は、このE価の大小によって表わされる。
すなわち、寒天あるいはカラギーナンの希薄ゾルに対し、MGC(glycol chitosan trimethyl ammonium iodide)とPVSK(K−Polyvinyl alcohol sulphate)を用いて間接コロイド滴定を行い、乾燥コロイド成分1g当りのPVSK結合当量値を、谷井が示したE価として表わした。
フィルム法によって、寒天またはカラギーナンのIR(赤外吸収スペクトル)分析を行った。〔13〕
A寒天(風乾物状態)に0.05〜1Mradのガンマ線を照射した後、1.5%濃度に調製したゲル融点と破壊強度を並列してFig.1に示す。
いずれも、照射線量の増加にともなって、直線的に低下した。非照射、及び0.05〜1Mrad照射線量の範囲にあって、線量とゲル融点との相関係数は、−0.985、また線量と破壊強度との相関係数は−0.991であった。
図で明らかなように、1Mrad照射により、ゲル融点は3.3℃低下し、ゲルの破壊強度は1/2に低下した。
Fig.2は、0.5Mrad照射の際、Table1の所定ライン上でA寒天を上下左右に位置を変えた場合、A〜Eの位置の違いにより、実際の線量に如何ほどのズレ(変差)があり得たかを吟味したものである。
Fig.2左側の図で、A〜Eの照射位置(試料位置)を実測ゲル濃度上に示した意味は、右側の融点濃度曲線によって、濃度の影響範囲を念のため調べたものである。右側の図中、C及びSは、ともにA寒天の元の寒天で、1.26ないは1.31%の濃度範囲での融点差は0.1℃未満の留まっていた。従って、左側の図A〜Eのゲル濃度変動は、この場合無視できる。
融点測定にかかわる、その他の変動要因、あるいは実験誤差を無視し、Fig.1の融点・線量関係図によって推測すると、A〜Eの間の最大相対差、約0.5℃は、線量に換算すると約0.15Mradに相当する。
ところで、この照射試験において、試料は線源に向って厚み10cmのダンボール箱の任意の位置にランダムに配置した。照射中に反転操作はあったが、軽い小片試料であったので、線源との距離に若干の変動はあり得た。ちなみに試算すると、0.5Mradラインの前後において0.01〜0.02Mrad/cmの線量変動がある。
Mark |
Raw Material Seaweed |
Processed Extract |
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Species and Origin |
alkali− treatment |
Bulk Density (g/cm3) |
Moisture (%) |
E−Value *3 |
Melting point(℃)of 1.0% gel 1.5% gel |
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A B C D E E F |
Gracilaria Verrucosa:Philippines (Reprocessed from U−factory product) Gr.Verrucosa:(Imported Seawood) (Reprocessed from I−Factory Product) Gr.compressa:Venezuela Eucheuma Gelatinae:Okinawa,Japan Eu.spinosum:Philippines D Eu.cottonii:Philippines |
Yes *1 Yes *1 No No No Yes *2 Yes *2 |
0.017 0.016 0.12 0.014 ─── ─── ─── |
14.5 16.0 18.4 13.6 10.4 11.6 14.8 |
67 57 86 246 357 255 279 |
91.0 91.4 97.0 ─── 86.8 ─── 43.7 (ca.50.5) ─── 46.7 ─── 41.8 ─── 58.0 |
*1 Pretreatment for extraction, followed after Funaki−Kojima’s method, by use of NaOH. *2 Extraction with alkall(KOH). *3 Relative value of colloidai−titration. |
(ゲルの照射の結果)
寒天B及びC、並びにカラギーナンD,Eo,Er及びFrのゲルを照射した結果の融点の変化をFig.3(対線量)及びFig.4(対濃度)に示す。元来、低融点のD,EoあるいはErゲルは、照射による融点低下が著しかった。これに対してカラギーナンとしては比較的高融点のFrゲルは、照射による融点低下はわずかであり、その変化は、寒天BあるいはCよりも緩和された傾向を示した。
Fig.5は、カラギーナンEo及びFrの各定濃度(2.0%または1.5%)ゲルの融点をFig.4から求め、融点・線量関係図として表わしたものである。
カラギーナンErの非照射ゲルの融点は、2.0%に内挿して47.5℃(Fig.4)であったが、0.2Mrad照射ゲルは、2.2%濃度においてさえ、ゲル状態というよりは半流動体化し、融点測定が不能であった。
(乾物の照射の結果)
寒天B及びC、並びにカラギーナンDの乾物を照射した場合のゲル融点の変化(対濃度)をFig.6に示す。
この図(Fig.6)と前図(Fig.4)から、B,C及びDの各定濃度(1.0%または1.25%)ゲルの融点を求め、融点・線量関係図に表わすと、Fig.7のようになる。
起源(海藻)の異なる3種類のゲル物質について、いずれも、水ゲル状態でガンマ線を照射した場合にゲル融点の低下が著しく、乾物状態で照射した場合には融点低下が緩和されたことが明らかに認められる。
なお、Dゲルの照射結果(Fig.7)とEoゲルの照射結果(Fig.5)とは、類似の様相を示した。
本研究に用いた3種類の寒天は、いずれもガンマ線照射により、ゲル融点が低下することが認められた。
ゲル融点が寒天の凝固性の指標たり得る論拠は次のようである。
谷井は、〔3〕谷井の言う「寒天ジエリーの強度」を一種の動捻計(Torsion Dinamometer)を用い、寒天ゲルの剛性係数T/θと破挫荷重Tcによって測定した。(T;g単位で示した戻りのモーメント。θ;単位で示した戻りの角度。Tc;ゲル試験片に長さ2mm程度の割目がはいった荷重点)。
そして、この剛性係数と破挫荷重から誘導された比較指標、Cc/Cr(ゲルの性状)の大きい寒天ゲルの融点は高いことと、Cr.s(ゲルの純度)が大きい場合、濃度による融点の差は比較的小さいことを明らかにした。その結果から、ゲルの濃度の測定によりゲルのCc/Cr,Cr.sを間接的に推定できることを提唱した。
ちなみに、日本農林規格、及び輸出品検査規格で言う「寒天のゼリー強度(g/cm2)」は谷井の破挫荷重、Tcに相当するが、融点の概念は規格に入っていない。
著者に一人、松橋は、〔4〕現存する、ほとんどすべてのタイプの寒天について、ゲルの濃度・融点曲線のパターンを明らかにし、谷井の説を支持した。その際、アルゼンチン産オゴノリ(非アルカリ処理)からの角寒天を例外として、1.0%寒天ゲルの融点は84℃〜97℃(水の沸点)の範囲にあった。
また、融点と、いわゆるゼリー強度との相関関係も別報で明らかにした。〔14〕(ちなみに、西沢がガンマ線照射の研究に用いた寒天の〔5〕ゲル融点は、3%濃度において77℃程度のものであった。
すなわち、一定条件下で調整されたゲルの融点低下は、その寒天の行固性低下とみなされる。
さて、Fig.1に得られたガンマ線照射線量とゲルの破壊強度との関係は、寒天の熱ゾルに0.01〜0.1g/l相当の硫酸を添加した場合(希硫酸水溶液を使用)の、酸濃度とゼリー強度との関係に類似する。
Fig.8はその一例である。〔15〕寒天の凝固性に及ぼす酸の作用は、非可逆的である。乾物状態で照射した寒天から調整したゲルを凍結、融解した際、線量の大きかった寒天ほど組織の乱れが大きくなり、乾燥物の形状も劣弱化する傾向が認められた。この肉眼的現象も、ガンマ線照射の影響が非可逆的であったことを間接的に支持する。レオメータの破壊(断)強度も、テクスチュロメータのHardness等と同様に、いわゆる「寒天のゼリー強度」に対応する物性値である。〔16〕,〔17〕
いっぽう、風乾物状態の寒天をIN塩酸水溶液に15分間浸漬した場合、酸処理温度T(OK)と寒天分の分解溶出量D(%)との間に一例として次の実験式が得られている。〔15〕
log10D=1/25T−11.52
試みに、D=100、すなわち全分解溶出の温度は338°K(65℃)、D=1、すなわち1/100分解溶出の温度は288°K(15℃)となる。
このように、15℃以下の低温域にあっては、風乾物状態の寒天はINの酸に対してもかなり安定である。
これらのことを考慮すると、ガンマ線の寒天に及ぼす作用は、沸騰点、あるいはそれに近い高温下での酸の作用(酸性条件の影響)に類似する。少なくとも、凝固性については、よく類似する、と言える。
この比較に用いられた試料は、寒天B,CとカラギーナンDの3点だけであったが、いずれも、ゲル状態で照射したものの融点低下が著しい共通性が認められた。
この実験で、ゲル照射の試料は、融点測定とともに消失してしまったので、果して、この融点変化が永久的(非可逆的)なものであったか、あるいは一時的(可逆的)なものであったかまでは確認し得ない。しかし、低融点、低濃度カラギーナンゲルの数個が、照射後なかばゾル化し、数日室温(略15℃以下)静置しても、ついに元のゲル状態に復帰しなかった。この事実、あるいは寒天やカラギーナンにかかわる従来の実験経験によると、本実験における融点の変化も、やはり非可逆的なものと認められる。ただし、この問題の詳細な吟味は後日の研究実験にゆだねたい。
一般に風乾物状態の寒天やカラギーナンの水分は、およそ10〜20%の値を保ち、真空凍結乾燥物の水分は乾燥仕上り時に数パーセントに低下できる。しかし、いずれにしても、これらの水分は環境湿度に応じて変動しやすい。それゆえ今回の実験では、あえて低水分の乾燥試料は調達しなかった。
ところで、寒天やカラギーナンの水ゲルとしての実用的な濃度は、およそ1〜2%の固形分濃度域である。
このことから、たとえば水分10%の風乾状態の寒天と、寒天濃度1%の水ゲルとを、水の量的存在状態について比較すると、大略1,000倍の違いがある。
〔10/90:99/1)≒[1:1,000〕
風乾状態にあっては、寒天やカラギーナンの分子は、いわば蛇腹を折りたたんだ状態にあり、水分子は一種の接着剤もしくは付着物として寒天などの分子に結びついていると推察される。〔15〕これに対して、水ゲルの状態にあっては、寒天などの分子は充分量の水分子のなかで蛇腹を開き、結び手を伸ばして固化した状態で存在すると想定できよう。
寒天などの高分子物質のこのような状態の違いが、ガンマ線との応答に何らかの差異をもたらした一因ではないか、と考えられる。
また、ゲル状態で照射されたもの融点低下が著しかった理由としては、水分子(H2O)が分解してできる、いろいろなラジカルによる間接効果が大きく影響したことも考えられる。
いずれにしても、初回の限定された実験データをもって言及することは難しい。現段階においては乾物の照射と、ゲルの照射とで、融点の変化に違いがあったことを認めるだけに留めたい。
Fig.6のDとFig.7のEoは、ゲル状態で照射した場合の融点低下がほぼ同率で、この実験に用いた寒天及びカラギーナンのなかで最も融点低下が顕著であった。また、Erは照射によって、なかばゾル化し、融点測定が不能であった。
これらに比べてFig.7のFrのゲルは、全試料のなかで、融点低下が最も穏やかで、B,C,またはD,乾物状態での照射と同程度の融点低下率に留まるという特徴があった。
D,Eo(及びEr),並びにFrは、互いに原料海藻の種(Species)が異なり、またDとEoは無添加抽出の粘液質であったのに対して、Frはアルカリ(KOH)抽出の粘液質であった。
カラギーナン製造において、Frの原藻(Euchema cottonni)の粘液質は、通常κタイプ、またはκリッチの成分とみなされ、Eo(またはEr)の原藻(Eu,Spinosum)の粘液質は、通常ζタイプ、あるいはλタイプの成分とみなされている。〔18〕
IR分析において、D,Eo及びFrは、それぞれ810,845,または890−Cmの吸収の有無(大小)の点で互いに相異ると認められた。B,C及びAは互いに同一の寒天のIRパターンを示した。
(注、D,E及びFのようなキリンサイ属の粘液質については、アガロイド(Agaroid)と総称する方が妥当かもしれないが、ここでは慣用的にカラギーナンとした。アガロイドの用語は、カラギーナンをも含む広範囲の寒天類似・紅藻粘液質〔19〕を意味する。〔20〕 いずれにしても、本研究においては、カラギーナンも、寒天と同様にガンマ線照射によって融点低下、従って凝固性低下の影響を受けること、並びに、融点低下の様相はそれぞれの種類(海藻の属種粘液質の製造方法)によって変動したことを報告するに留める。
Fig.1及びFig.3に示されるように、0.1〜0.5ないし1Mradの線量範囲において、線量とゲル融点との関係はほぼ直線的である。ただし、たとえば寒天Aと寒天Bとで、融点・線量関係の直線の傾きに差異があった理由が、現段階では不明である。
しかし、デンプン類の粘度測定、等に比べると、寒天ゲル融点の測定は手軽で、しかも精度がよい利点がある。それゆえ、今後の食品照射においては、寒天ないしは寒天ゲルを線量の確認指標(線量計)として利用できる一用途が考えられる。この実験結果により、少なくともその可能性が示唆されたと言えよう。
食品の殺菌、あるいは食品加工技術への利用を目的としてガンマ線を照射する場合の基礎的知見の一つとする意図で、起源の明らかな寒天とカラギーナン計7種類を用い、主としてゲル融点に及ぼす影響を検討した。
1.線量の増加とともに照射試料のゲル融点は低下した。一例として、寒天A(風乾物状態)のゲル融点に及ぼすガンマ線の影響は、0.1〜1Mrad線量範囲において、−3.3℃/Mradであった。
2.ゲル融点の低下率は、寒天あるいはカラギーナンの種類(起源)によって異った。
3.水ゲル状態の試料を照射した場合は、風乾物状態の試料を照射したものに比べて、全般にゲル融点の低下が顕著であった。
4.ゲル融点は凝固性の指標であることを、考察において述べた。少なくとも、風乾物状態の試料を照射した場合のゲル融点の低下は非可逆的な変化と考えられた。
本研究の実施について、温かいご理解とご指導を賜った日本原子力研究所高崎研究所長、武久正昭博士、同所開発部長、田村直幸博士、ほか関係所員に深甚の謝意を表する。
また、長野県食品工業試験場食品開発部の諸君の協力があったことを記す。
なお、キリンサイ属原藻は、沖繩県水産試験場 勝俣亜生氏、及びフィリピン国 Mr.Carlos G.Chuaから提供されたものである。
この報告の一部は、第21回日本食品照射研究協議会大会(1985)において発表した。
〔1〕伊藤 均:包装技術,20(2),75(1982).
〔2〕川岸舜朗:澱粉科学,31(3),161(1984).
〔3〕谷井 潔:東北水研研報,9,1(1957).
〔4〕Matsuhashi,T.:Proc.7th Int.
Seaweed Symp.(Univ.Tokyo Press,
1971)P.460.
〔5〕Nishizawa,M.:Radiation Effects,
24,177(1975)
〔6〕東海区水産研究所利用部:原子力平和利用研究成果報告書
(科学技術庁原子力局,1960)P.378.
〔7〕同上:同書第2集(1962)P.316.
〔8〕舟木好右衛門・小島良夫:日水誌,16(9),401
(1951).
〔8−b〕小島良夫・舟木好右衛門:同誌,16(9),405
(1951).
〔9〕Matsuhashi,T.:J.Food Sci.,
42(5),1400(1977).
〔10〕高橋文一・松橋鉄治郎:長野県寒天研研報,2,28
(1965).
〔11〕Matsuhashi,T.:Bull.Jap.Soc.
Sci.Fish,37(5),441(1971).
〔12〕谷井 潔:東北水研研報,17,80(1960).
〔13〕Matsuhashi,T.:and Hayashi,K.
:Agr.Biol.Chem.,36(9.),1543
(1972).
〔14〕松橋鉄治郎:日食工誌,16(11),520(1969).
〔15〕松橋鉄治郎:日水誌,43(7),831(1977).
〔16〕松橋鉄治郎:食品工業(光琳),14(10),17
(1971).
〔17〕平光 武・藤吉加一:岐阜県工業技術センター研報,16,
36(1984).
〔18〕Guiseley,K.B.:Seaweed
Colloids,in Kirk−Othmer
“Encyclopedia of Chemical
technology”Vol.17(John Wiley
and Sons,Inc.,1968)P.763.
〔19〕柳川鉄之助:「寒天」(工業図書,1942)P.276.
〔20〕Humm,H.J.:Marine Algae of
Va.as A Source of Agae and
Agaroids.(Spec.Sci.Rep.37;
Va.Inst.Marine Sci.,1962)P.13.
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