原料海藻からカラギーナンを製造する工程は、道筋としては比較的単純であるが、製造技術としてはいくつかの困難な過程がある。抽出液の濾過工程はその一つである。寒天製造へのガンマ線利用を試みた寺野らの研究結果によると、〔1〕テングサに照射した場合、寒天の抽出が容易になり、付随する効果として濾過が促進され、寒天の収率にも好影響があると認められている。寒天原藻のなかにも、かなり粘稠性の大きい粘液質(寒天質)を含む海藻(属種)があるが、カラギーナンの原藻となる属種は、一般にその粘液質、換言すれば抽出液、の粘稠性はさらに大きい。
他方、陸上植物由来のデンプン質は、ガンマ線照射によって粘度低下を招くのが通例のようである。このことは食品照射に関する既往の知見として内外で一般的に認識されているが、われわれの最近の別課題の照射でも同様に認められている。〔2〕また、われわれの前報で、〔3〕寒天やカラギーナンのゲル融点が照射によって低下することも確められている。
海藻粘液質の濾過促進剤として塩化カルシウムの有効性はすでに明らかにされており、寒天製造には20年余り前から工場技術として採用されている。〔4〕カラギーナン製造の場合には、別の意図で塩化カリウムが使用されることが多かったようである。しかし、食品加工、あるいは生化学やバイオテクノロジー分野の用途にあっては、でき得れば、化学的な不純分がないほうが、望ましい。
本研究は、主として抽出液の濾過性を改良する目的のもとに、原藻にガンマ線照射することの適否を検討するため着手した。実験の結果、カラギーナン原藻等に対する照射の効果について基礎的な知見が得られたので、その概要を報告する。
カラギーナン原藻として次のキリンサイ属3種を用いた。
Eucheuma gelatinae, 沖繩産
Eu Spinosum, フィリピン産
Eu Cottonii, フィリピン産
また、粘稠性の寒天原藻として、次のオゴノリ属2種を用いた。
Gracilaria Compressa, ベネゼェラ産
Gr. Verrucosa, (輸入品)
キリンサイ属原藻3種については、風乾物20〜21gをポリエチレン小袋に秤取し、0.2及び0.5Mradのガンマ線を照射した。
オゴノリ属原藻2種については、末精製風乾物40g又は51gをポリエチレン小袋に秤取し、0.5Mradのガンマ線を照射した。
照射線源は、日本原子力研究所高崎研究所のコバルト60線源(1.66×10・E(5)curie)を使用した。照射方法は、前報と同様で、照射時間は各1時間、照射室々温は約20℃であった。
(前処理)照射原藻をガーゼ袋に入れ、8〜10℃の流水で27時間水洗した。次いで、PH約1.0液温13〜15℃の塩酸水溶液に20分間浸漬−−−(低温酸処理)−−−し、水洗、アルカリ液浸漬(中和)、水洗した。
オゴノリ属2種については、別の1区分を常法によりアルカリ処理−−−(約3%NaOH水溶液88〜95℃水浴中加熱3時間)−−−して後、上記の低温酸処理をした。
(煮熟、抽出)前処理を施した湿潤海藻に、充分量の水を加え、全量を各500gとし、中性域で70分間煮熟し、一夜放冷して各煮熟抽出液の凝固性を視認した。
アルカリ処理をしない海藻からの抽出液は、いずれも粘稠性が大きく、そのまゝでは濾過がはかどらない。そこで再加熱し微沸騰状態にしたものに、沸騰水各500mlを混和し、熱時に布濾過し、第1次抽出濾液とした。
(乾燥)各抽出液を放冷凝固後、凍結し、凍結乾燥して乾燥物を製取した。
第1次抽出の濾過残滓(湿重量)、又は最終残宰・凍結乾燥物の原藻に対する比率をもって、濾過性の難易を示す一つの指標とした。
また、第1次抽出濾液、約500mlを、70〜80℃に加温しつつ、B型粘度計(東京計器;ロータNo2 60rpm)により、大略の粘度を測定した。この場合、測定液(熱ゾル)の定温保持は困難であったので、たとえば76℃(初)と71℃(後)の2温度での測定値を内挿して73℃での粘度を比較する便法を講じた。
常法により抽出濾液を凍結乾燥して得た乾燥物のゲル融点、等の物性は、キリンサイ属粘液質(すなわちカラギーナン)については見かけ濃度1.5%及び2%のゲルを、オゴノリ属粘液質(すなわち寒天質)については見かけ濃度1%及び1.5%のゲルを調製して測定し、後にそれぞれのゲル濃度(105℃乾燥固形分)を確定した。
キリンサイ属(Eucheuma sp.)や非アルカリ処理オゴノリ属(Gracilaria sp.)の煮熟抽出液は、一般に粘稠性に富み、尋常な手段では濾過がはかどらない。熱水で希釈し、熱時に濾過することも一方法であるが、濾液の固形分濃度が小さくなると、その後の濃縮、あるいは脱水・乾燥の操作がさらに困難になる。また、濾過促進剤、あるいは凝固性改良剤の意図で、塩化カルシウム、あるいは塩化カリウム等の塩類を添加することも別の一手段ではあるが、化学的純度をむしろ低下させることになる。アルカリ抽出法の具体的条件は、カラギーナン製造工場のノウハウであり、海藻属種により、また目的製品タイプ(λ型かκ型か等)により様々である。
Table1に示されるように、キリンサイ属3種の煮熟抽出液は、0.2Mrad照射よりも0.5Mrad照射のものが、濾過が促進された。すなわち、第1抽出液の残滓(残藻)量は実験操作の性質上、粗略な数値であるが、濾過の難易を最も具体的に表わしている指標である。
抽出液の粘度も濾過性に関与する一因子であるが、0.5Mrad照射のものは0.2Mrad照射のものより粘度が低下した傾向が認められた。残滓量や粘度は、液の固形分濃度にも依存する数値指標であるが、各抽出液の濃度の変動を考慮しても、同一種海藻間で線量と、
3種のキリンサイ属のなかで、Eu gelatinae(カタメンキリンサイ)の抽出液は最も粘稠性が大きく、かつ線量に対応した粘度低下が顕著であった。これに対して、他2種の抽出液は、0.2Mradと0.5Mradとの相対差は小さかった。しかし、非照射原藻の抽出液と数値をもって比較することはできなかったものの、照射という前処理により、濾過性が著しく向上した。
Eu gelatinae粘液質の主骨核構造は未解明の段階であるが、通常、Eu Spinosum粘液質は主としてζ型であり、Eu Cottonii粘液質は主としてλ型と言われている。非照射原藻からの粘液質のIRスペクトルは、3種互いに相違点がある。
0.5Mrad照射オゴノリ属2種の非アルカリ処理藻からの煮熟抽出において、残滓量は、どちらも、0.2Mrad照射Eu cottonii抽出液の残滓量に匹敵した。これらオゴノリ属についても、非照射原藻からの煮熟抽出液の濾過性を同時に比較対照する実験手段を講じ得なかった。しかし、布濾過操作中の残滓のまくれ−−−残滓が濾布に粘着したまゝではなく、一種の剥離を示す状態−−−が見られたこと、従って圧搾が可能なことからも、原藻の照射処理によって抽出液の濾過性が向上したことが認められた。
Effects of gamma Irradiation on extractability of agaroids/agars from seaweeds and on accelaration in filtration. |
Species of Red Algae |
Eu.gelatinae *1 |
Eu.spinosum *1 |
Eu.cottonil *1 |
Gr.compressa *2 |
Gr.verrucosa *2 |
Irradiation |
Dose(Mrad) |
Dose(Mrad) |
Dose(Mrad) |
0.5 Mrad |
0.5 Mrad |
0.5 0.2 |
0.5 0.2 |
0.5 0.2 |
non alkali |
non alkali |
|
Dry raw material seaweeds(g) |
21.0 21.0 |
21.1 21.3 |
20.2 20.4 |
20.2 20.0 |
20.0 20.0 |
Moistened seaweeds after soaking(g) |
88.1 84.1 |
187.7 185.4 |
154.9 159.4 |
112.1 44.8 |
77.7 52.4 |
Wet residue in 1st filtration(g) |
50.1 69.8 (20.0)*4 (28.8)*4 |
22.7 26.7 |
37.5 50.4 |
43.5 13.1 |
44.9 19.5 |
Viscosity of aq. 1st extract(cp) |
170 445 ──────────────── at 73℃ |
21 26 ────── ──────── at 75℃ at 76.5℃ |
75 80 ───────────── at 78℃ |
─── ─── |
─── ─── |
Yield of carrageenan or agar in 1st extraction (%) |
58.3 58.8 (62.0)*4 (63.3)*4 |
26.4 23.2 |
34.3 34.5 |
26.4 4.5 (34.3)*4 (6.0)*4 |
24.7 ─── (7.7)*4 |
Yield of freeze−dried final residues(%) |
6.80 5.90 |
5.30 6.57 |
7.82 8.33 |
16.7 4.05 |
12.1 6.15 |
*1 Eu. :Eucheuma sp. *2 Gr. :Gracilaria sp. non :no alkali−treatment. alkali:alkali−treated before extraction. *3 Measurement by β−type Rotary Viscometer(with No.2 roter, 60 rpm) *4 Figures in parentheses are data for the final or total values. |
照射原藻から抽出、凍結乾燥された粘液質から水ゲルを調製した。それぞれのゲル融点はTable2のようであった。
この結果を、前報で得られたデータ〔3〕−−−非照射原藻から抽出された粘液質(凍結乾燥物)からのゲル、及び乾燥粘液質にガンマ線照射して後調製されたゲル−−−と対比するとFig.1のようになる。
今回の実験で、照射歴の異なる3態のゲル融点を揃って比較できたのは、5種海藻中、Eu gelatinae(カタメンキリンサイ)だけに留まるが、原藻照射のものが、乾燥粘液質照射のものより、わずかに融点が低下した傾向があった。
Gr.compressa(シラモ)の場合は、実験材料が量的に制約されたため、各1線量での照射試験に限られ、かつ原藻への0.5Mrad照射と乾燥粘液質への0.2Mrad照射とが、同等の影響を受けるのではないかとの予想で実験に組こまれたものであった。線量の相違を考慮すると、原藻照射のものは、乾燥粘液質照射のものと同等か又はわずかに低いゲル融点を示したかと推測される。いずれにしても、この状況はEu.gelatinaeの場合と類似する。
ところで、Eu.spinosumは、原藻照射により、むしろゲル融点が上昇し、0.2Mradと0.5Mradの線量による差はほとんどなかった。一方、Eu.cottoniiは、原藻照射により、ゲル融点は明らかに低下した。Fig.1の図には、適確な比較対照が記されていないが、この原藻(非照射)からの抽出液は、通常、充分なゲル化能力を示す。
ちなみに、照射原藻の煮熟抽出操作直前、すなわち低温酸処理を終えた後の水浸液(各原藻重量に対して37.5倍量の水)の電気伝導度はTable3のようであった。すなわち、Eu.spinosumとEu.cottoniiの2種はEu.gelatinaeの約4倍量の遊離塩類を含有していた特徴があった。
なお、Eu spinosumとEu cottoniiは形態が互いに近似するが、上記の水浸漬時、藻体の保形性もしくは崩壊性は、後のゲル融点から推察される状態と相反した。両種の構成成分との関係で、今後に残された興味深い問題点である。
ゲル融点測定操作の際の残量各約70gの不整形なゲルについて、レオメータ、あるいは日寒水式ゼリー強度試験器を利用し便宜的な方法で、大略の破壊強度を検討した。
固体ゲルとしての自立性(Self Standing Property)にかけたEu cottoniiを除き、他4種のゲルの強度は、およそ10〜40gの範囲であり、海藻の種類、照射線量、ゲル濃度相互の関係は、ゲル融点(Table2)に対応していると思われた。
Melting points of gels prepared from the irradiated dry seaweeds |
Species of red algae app.concn.of gel *1 |
Eu.gelatinae 1.5% 2% |
Eu.spinosum 1.5% 2% |
Eu.cottonii 1.5% 2% |
Gr.compressa 1.5% 2% |
Gr.verrucosa 1.5% 2% |
m.p.(℃) concn.*2(%) |
0.5 Mrad Dose |
||||
45.0 49.5 1.34 1.71 |
48.0 48.0 1.39 1.70 |
(Flow)*3 33.5 1.26 1.68 |
80.0 83.9 0.84 1.25 |
80.0 80.5 0.84 1.24 |
|
m.p.(℃) concn.*2(%) |
0.2 Mrad Dose |
||||
46.1 51.9 1.33 1.76 |
48.1 47.5 1.29 1.70 |
(Flow)*3 33.5 1.23 1.56 |
─── ─── |
─── ─── |
*1 Apparent concn.of gel in preparation. *2 True concn.determined based on 105℃ dry matter. *3 Almost fluid state gel. |
Some characteristics of irradiated seaweed in water soaking, and analysis of water used for soaking |
|
Eu.gelatinae |
Eu.spinosum |
Eu.cottonii |
Gr.compressa |
Gr.verrucosa |
Dose(Mrad) 0.5 0.2 |
0.5 0.2 |
0.5 0.2 |
0.5 |
0.5 |
|
Ratio of water absorption * |
3.2 3.0 |
7.9 7.7 |
6.7 6.8 |
4.5 |
2.9 |
Appearence of swelled seaweed at r.t. |
Fine and rigid |
Easily digestable |
Looks firm |
Partly broken |
Partly broken |
Electric conductivity (μs)** |
36.5 (13.8℃) |
144.6 (13.7℃) |
148.2 (13.7℃) |
43.5 (13.8℃) |
Wt.of wet seaweed after soaking *(─────────────────────────────────)−1 Wt.of dry(unrefined)seaweed ** Measured after 1.5 hr soaking. Water to seaweed (on original dry seaweed basis) was 1,500 : 20, respectively. |
原藻照射によって含有粘液質のゲル融点が低下するとしても、一般には、さほど大きな変化ではないことがわかった。一方、煮熟抽出液の濾過が促進される(又は、容易になる)効果が大きいことも認められた。これらの現象は、寒天原藻のテングサ属(Gelidium sp.)海藻について実験された天野らの知見と符合する。〔1〕
カラギーナン原藻は寒天原藻に比べて一般に硫酸基(SO3)含量が大きいため、いっそう粘稠で、製造工程上、濾過操作が一つの関門となる。硫酸基の量及び結合位置は粘液質のレオロジー的性質と密接に関係することから、照射に伴なう硫酸基の挙動や、その人為的制御の可能性を探究することは今後の研究に値する課題と思われる。本実験においては、少なくとも五感的に、従来タイプとはやや異なったゲル物性の粘液質がガンマ線照射の一効果として得られることが示唆された。
キリンサイ属海藻(カラギーナン原藻)3種、及びオゴノリ属海藻(寒天原藻)2種について、風乾状態の原藻に0.2ないしは0.5Mradのガンマ線を照射し、次の結果を得た。
1.照射原藻からの煮熟抽出液は、いずれも粘稠性が低下し、濾過が促進(容易化)された。
2.照射原藻からの粘液質(カラギーナン,等)のゲル融点は、一般に低下の傾向を示した。しかし一例ではあるが、キリンサイ属の一種については、ゲル融点が上昇した。
3.カラギーナンのレオロジー的物性と製造技術の見地から、原藻照射の得失について考察を加えた。
本研究は、日本原子力研究所高崎研究所、武久正昭所長、田村直幸開発部長ほか関係所員のご理解とご支援により実施された。また、長野県食品工業試験場食品開発部職員の協力を得た。それぞれに謝意を表す。
〔1〕東海区水産研究所利用部:原子力平和利用研究成果報告書、第2集
(科学技術庁原子力局、1962)P.316.
〔2〕松橋鉄治郎、ほか:本誌(投稿中).
〔3〕松橋鉄治郎・伊藤 均:本誌(投稿中).
〔4〕高橋文一・松橋鉄治郎:長野県寒天研研報,2,28(1965).
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