γ線の照射による玉ねぎの発芽防止は、その貯蔵期間を延長し、保蔵中及び流通過程における損失を低減し、食生活の合理化に寄与するものとして、既に幾つかの国では、実用化の段階に入っている。
ここでは、実用線量(3〜15krad)で照射した玉ねぎと非照射玉ねぎを判別する方法及び実用線量以上で照射されていないかどうか判定する方法及び実用線量以上で照射されていないかどうか判定する方法の基礎的研究として、非照射及び照射玉ねぎについて成分及び酵素活性等を指標として比較検討するとともに、玉ねぎの静菌力に対する照射の影響について検討した。
(札幌黄)
収穫時期:昭和43年秋
産 地:北海道端野
照射時期:昭和43年11月13、14日
貯蔵条件:温度20〜22℃、湿度なりゆき
(泉州黄)
収穫時期:昭和44年6月3日
産 地:香川県
照射時期:昭和44年7月9日
貯蔵条件:温度20〜22℃、湿度なりゆき
日本原子力研究所高崎研究所にて、γ線(Co−60)で3、7及び15krad照射した(室温)。
玉ねぎの鱗茎の頂部及び底部で栄養成分及び酵素活性が異なることから、縦の輪切り(中心軸にそって)を3個体から平均に採取し、磨砕して試料液とした。また、peroxidaseの測定には、部位別の差異が大きいため中心軸にそって縦切りとした半個分を、3個体から採取し、磨砕して試料液とした。
(amylase)
Wohlgemuth法に従い、pH5.0のacetate
bufferで稀釈した粗酵素液/mlが37℃、30分で分解し
うる1%可溶性澱粉液量を求めた。
(acid phosphatase)
Bessey−Lowry法により、p−nitrophe
nyl−phosphate を基質として用い、生成するp−
nitrophenolを410nmで比色定量した。
(Transaminase)
Reitman−Frankel法により、alanine ま
たは、asparatic acid と α−ketoglut
aric acidを基質として生成する。
Pyruric acid または oxaloacetic
acidをdinitropheryl−hydrazine に
より発色し、525nmで比色定量した。
(peroxidase)
Vetterらの方法に従い、過酸化水素を基質としてC−
phenylenediamineの酸化によって生成した黄橙色
のphenazineを450nmで比色定量した。
Somogyi−Nelsonの変法により定量し、グルコースとして示した。
Roeの2,4−dinitrophenyl hydrazine法にTLC法を併用、改良した方法を用いて定量した。従来のRoeの原法では酸化型アスコルビン酸として定量したものがTLCでは真のアスコルビン酸としては痕跡程度しか存在しない。
札幌黄及び泉州黄の両品種について、非照射及び照射検体の酵素活性と栄養成分の経時的消長について測定し、検知法の開発に資するか否かを検討した。
第4−1表に照射後、3ヶ月目までの酵素活性と栄養成分の経時的な変化について示す。
3ヶ月目のtransaminase活性では非照射、照射検体間にほとんど差異は認められなかったが、amylase 及び acidphosphatase活性は非照射検体にくらべ照射検体はいずれもほぼ半減したが、線量間での相対関係は認められなかった。
また、還元糖量は3ヶ月間、非照射、照射検体ともにほとんど差異はなく、経時的にも同一傾向で増加した。
アスコルビン酸においては照射後、1ヶ月目に幾分低下したように見られたが、これも線量間に大きな差異は認められず、2ヶ月目以後は増加の傾向を示し、非照射検体に近い値を示した。
第4−3表に示したperoxidase活性は、照射後1ヶ月目は非照射検体にくらべ10〜40倍の高い値を示したが、2ヶ月目では数倍程度に一時低下し、さらに3ヶ月目で数倍〜10数倍に上昇した。しかしながら、非照射検体がほとんど発芽する5ヶ月目には、両者間で貯蔵初期ほどの著しい差異は認められなくなった。なお、実用線量(3〜15krad)の範囲では、線量との関係に判然としたものがなかった。
線 量 (krad) |
Amylase (非照射区を 100とする) |
Transaminase (非照射区活性を100) |
Acid Phos− phatase (非照射区活性 を100) |
還 元 糖 (g%/乾物) |
アスコルビン酸 (mg,%/乾物) |
|||||
GOT |
GPT |
1カ月 |
2カ月 |
3カ月 |
1カ月 |
2カ月 |
3カ月 |
|||
0 |
100 |
100 |
100 |
100 |
17.0 |
29.5 |
43.2 |
68 |
60 |
68 |
3 |
62 |
80 |
97 |
63 |
16.8 |
28.0 |
40.2 |
35 |
62 |
43 |
7 |
56 |
86 |
93 |
61 |
16.8 |
39.6 |
44.4 |
52 |
65 |
63 |
15 |
56 |
98 |
100 |
66 |
14.0 |
36.3 |
32.7 |
38 |
85 |
64 |
線 量 (krad) |
札幌黄(非照射区を1.0とする) |
||||
直 後 |
1カ月 |
2カ月 |
3カ月 |
5カ月 |
|
0 3 7 15 |
− − − − |
1.0 39.0 12.1 19.6 |
1.0 4.2 5.8 5.0 |
1.0 14.5 6.4 10.5 |
1.0 2.9 1.4 2.3 |
線 量 (krad) |
泉州黄(非照射区を1.0とする) |
||||
直 後 |
1カ月 |
2カ月 |
3カ月 |
5カ月 |
|
0 3 7 15 |
1.0 0.8 0.8 0.9 |
1.0 1.2 1.3 1.0 |
|
− − − − |
− − − − |
第4−2表に照射後の酵素活性及び栄養成分の経時的変化を示した。transaminase 及び acid phosphataseは照射直後及び1ヶ月後において、各検体間にほとんど差異は認められなかった。
還元糖量は照射直後から1ヶ月目までは、ほとんど変化が認められなかったのに対し、非照射検体では、経時的に減少の傾向を示した。しかし、2ヶ月目には、各検体間に差異が認められなくなった。
総アスコルビン酸は照射直後、一時的に低下するが、1ヶ月目には非照射検体の値とほぼ同じになり、さらに2ヶ月目では両者共に同一の傾向で低下し、その差異はみられなくなった。
また、peroxidaseにおいては、札幌黄と異なり照射直後に一部活性の高いものもあったが、1ヶ月以後では、各検体間に差異は認められなくなった。
線 量 (krad) |
Transaminase (非照射区活性を100) |
Acid Phosphatase (非照射区活性を を100) |
還 元 糖 (g%/乾物) |
アスコルビン酸 (mg,%/乾物) |
|||||||
GOT |
GPT |
||||||||||
直 後 |
1カ月 |
直 後 |
直 後 |
1カ月 |
直 後 |
2カ月 |
3カ月 |
直 後 |
1カ月 |
2カ月 |
|
0 |
100 |
100 |
100 |
100 |
100 |
49.5 |
38.2 |
35.0 |
174 |
180 |
99 |
3 |
72 |
88 |
75 |
89 |
102 |
58.7 |
50.9 |
35.0 |
135 |
173 |
98 |
7 |
80 |
85 |
86 |
98 |
98 |
66.0 |
52.7 |
38.0 |
95 |
168 |
94 |
15 |
104 |
91 |
95 |
89 |
108 |
56.0 |
58.0 |
38.0 |
102 |
178 |
90 |
酵素活性の中には、照射によって一時的に変化すると思われるものがあるが、それは品種によって異なり、またある程度時間が経つと照射、非照射間に差異がなくなる。
従って、成分または酵素活性を指標として、実用線量で照射した玉ねぎと非照射玉ねぎを的確に判別することはむずかしい。
玉ねぎの静菌作用に着目し、大腸菌に対する静菌力への照射の影響を検討した。またその作用物質を推定するため(物質が明らかになれば化学的定量が可能になる)、数種の糖及び含硫化合物についても同様の検討を試みた。
(玉ねぎ)
品 種:泉州黄
産 地:広島県
照射時間:収穫より2ヶ月以内
貯蔵条件:20〜22℃、湿度なりゆき
(糖)
glucose、sucrose
(含硫化合物)
di−n−propylsulfite,dimethyl
disulfite,diallyldisulfite,n−
propyl mercaptan,methylcystei
ne,methylcysteine sulfonide
玉ねぎは鱗茎及びジュースとして、その他の試料は水溶液として当研究所にてγ線(Co−60)により照射した。線量は15、46、90、200、390及び650kradとした。
(玉ねぎ)
玉ねぎジュースは2.の試験に準じて調製し、濾過後、フラスコに入れて照射した。鱗茎照射の場合は、照射24時間後にジュースとした。
(糖)
いずれも20%水溶液で照射し、培地に添加する際に10%に
希釈して使用した。
(含硫化合物)
いずれも0.2%(diallyldisulfiteのみ
0.04%)水溶液として照射し、使用に当たってそれぞれ2倍
に希釈した。なお、水不溶物質に対しては、Tween 80
を用いて可溶化させた。Tween 80 については、あらか
じめ E.coli に対して無作用量であることを確認してある。
E.coli K−12、wild type
Casitone培地(Difcolaboratories)9mlにあらかじめミリポアフィルターで除菌した上記試料/mlを加え、これにE.coliを初菌濃度3〜7×10・E(5)/mlになるように調製して、L字管により37℃を7時間培養した。なお、対照は培地のみで実施した。
上記培養液の菌数は、経時的に(1時間おき)比濁法(650nm)によって測定し、その吸光度をもって示した。
玉ねぎのジュースを培地に10%添加した場合、非照射区ではE.coliの生育は完全に阻害された。しかし、照射区の場合15kradでは、殆ど影響を受けないが、それ以上では、線量に応じてその静菌力は低下し、650kradではジュース無添加の対照と同値を示し、静菌作用の完全な消失が認められた。即ち、実用線量では静菌作用物質は変化を受けないことが示唆された。
ジュースの照射は、c)との比較を目的として、同一の照射条件を得るために実施したもので、鱗茎と同様の傾向が認められた。
即ちジュース中に、ある種の静菌作用物質が存在し、高線量照射によってその効力を失うことが分かった。
玉ねぎの静菌作用物質を推定するために、数種の糖及び含硫化合物について照射の影響を検討した。その結果、糖では、照射、非照射とも静菌力は認められなかった。これから、糖は玉ねぎの静菌作用に対し無関係であることが分かった。一方、含硫化合物では非照射の場合に、いずれも大なり小なり静菌作用を示したが、玉ねぎジュースに比べて、これらの使用濃度が桁違いに高いにもかかわらず、その静菌力は極めて低いものであった。さらに、照射によってもその効力の低下は顕著に認められなかった。以上より限られた含硫化合物についての検討ではあるが、玉ねぎの静菌物質が含硫化合物のみに由来するとは考えられず、その本体を明らかにすることはできなかった。
玉ねぎジュースの静菌作用は、玉ねぎを高線量(15krad以上)照射することによって、その線量に応じて低下した。しかし、実用線量域の照射によっては影響が認められなかった。従って、過剰の照射線量の検知法としては、静菌力の測定を利用し得るものと考える。