ウインナーソーセージのγ線照射は、その保存期間を延長して、広く供給しようというものであって、保存法として有効な手段の一つである。しかし、この新しい照射処理法によるウインナソーセージの食品的価値、殺菌効果および安全性の検討と同時に、照射処理の有無および適正線量で照射されているか否かについて判定することは、食品衛生上重要な問題である。われわれは、ウインナーソーセージの成分中で、特に化学的に不安定な多価不飽和脂肪酸に着目し、この変敗度合から照射の有無の判定、あるいは、処理線量の推定が可能か否かについて検討した。
合成保存料、合成殺菌料無添加の特製ウインナソーセージを試料とし、日本原子力研究所高崎研究所において、コバルト60によりγ線照射した(0、300、400、500krad)。照射後は、10℃以下に保蔵し、適宜実験に供した。
○使用したウインナーソーセージの原料
主原料 %
ブタ肉 28 A C
牛 肉 28 A C
マトン 14 A C
ブタ脂 15 B C
氷 水 15 C
副原料
A 食 塩 30 g /kg
A ポリピンク 1) 1 g /kg
A 硝 素 2) 1 g /kg
B 食 塩 20 g /kg
C ポリアミンA3) 3.0g /kg
C コショー 2.5g /kg
C グルソー 2.5g /kg
C 香料ナツメッグ 1.0g /kg
C オールスパイス 0.5g /kg
なお総脂質含量は、19.5%であった。
1)アスコルビン酸ナトリウム50%、ニコチンアミド50%
2)亜硝酸7%、硝酸カリウム66%、食塩27%
3)ポリリン酸カリウム20%、ポリリン酸ナトリウム25%
ピロリン酸カリウム10%、ピロリン酸ナトリウム35%
メタリン酸ナトリウム10%
(1)総脂質量 : Folch法(図1)によった。
(2)過酸化脂質量: 下記の反応機構によるNadi反応を利用し
、方法I、方法II(図2)に従って測定し
た。すなわち、方法Iは、
(Nadi反応 図参照)。
ソーセージの横断面上で、反応を行わせ、生成した色素インドフェノールブルーによる断面の染色度合いを直接肉眼的に判定するもので、方法IIは、生成した色素をエーテルで抽出し、比色定量するものである。なお、インドフェノールブルーの極大吸収波長は、570nmであり、牛血清アルブミンがBiuret反応によって生成する色素もこれと類似した色調(極大吸収:570nm近辺)を示すので、インドフェノールブルーの代わりに、標準物質としてこれを使用した(図3)。
染色温度:Nadi反応は低温では染色性が低いが、温度の上昇に伴
って高まることが分かった。しかし、高温では、染色時に
過酸化物が増加する可能性があり、操作もしにくいことなど
から室温(20℃前後)で行うことにした。
染色時間:長くなるにつれて、内部まで染色され、色調を増すが、上
記と同様の理由により、表面だけが染着する5分間を採用
した。
染色の安定化:染色後、色素を安定化させるために、モリブデン酸ア
ンモニウムと炭酸リチウムを使用した。
われわれは、予備実験で、15μの凍結切片を作り、脂肪染色、過酸化物染色を行い、ハムなどで利用されている顕微分光スペクトル法をとり入れようとした。しかしウインナーソーセージでは、製造工程において、原料を磨砕混合するため、脂肪が全域に亘り、この方法によっては不可能であることが分かり、肉眼的判定方法を試みた。図4は、照射ウインナーソーセージの横断面のNadi染色標本である。
すなわち、照射区では線量に比例して、断面全域にわたって染色度が高まり、照射後、経時的にその強度を増した。しかし非照射区では、染色度は低く、かつ染色部位が周辺部に局限しており(周辺部の脂質が自動酸化を受け、過酸化物を生成したものと思われる)、経時変化も認められなかった。したがって両群の染色性の差異は、照射初日から認められたが、時間の経過に伴ってより明確になった。
非照射区で、周辺部に自動酸化によって生成した過酸化脂質が原因とされる染着性が認められたので(2)、比色定量の目的には、ウインナーソーセージの中心部を試料とした。図5に各照射区の脂質過酸化の経時変化を示した。この図から、(2)同様に過酸化物の値は照射線量の増加に伴って上昇すること、また照射3日後より急激に増加することが分かった。これに対し、非照射区では値も低く、経時的な上昇も認められなかった。
本試験に用いたウインナーソーセージについては、既述のとおり、照射線量に依存して過酸化物が増加する事実を認めたが、あくまで非照射区との比較で判別しなければならないので、現実には役立たない。しかし、もし市販品などを含めてウインナーソーセージの過酸化脂質含量が、比較的狭い範囲にあるならば、この値がある程度は照射の指標となり得ると考えた。そこで市販のソーセージ15検体にについて、過酸化脂質量と総脂質量(過酸化脂質量が総脂質量依存と推定した)を測定した。(図6)その結果、過酸化脂質は、メーカーやロットの違いによって大きくバラつくこと、総脂質と必ずしも相関しないことなどが分かった。これは、おそらく原料の違いが大きな要因となっているものと思われるが、いづれにせよ、単に過酸化脂質の含量をもって、照射の指標とはなし得ないことが分かった。しかし、方法I,II(とくに経時的な検索は有効)を併用する事により、照射処理の判定はある程度可能と考えられる。
本研究は、ウインナーソーセージについて、照射処理の有無あるいは処理線量などを推定し得る、簡易、迅速な判別法を開発するために実施した。試料は、合成保存料、合成殺菌料無添加で調製した特製ソーセージを用い、コバルト60によりγ線照射した(線量: 0、300、400、500krad)。
われわれは、獣肉中に含まれている多価不飽和脂肪酸が、化学的に不安定で、容易に過酸化脂質に変化する事実に着目し、これを判別法として応用した。過酸化脂質は、食品組織化学的手法をとり入れ、試料をNadi試薬で染色し、直接肉眼判定、あるいはこれをエーテル抽出して比色定量した。その結果、組織横断面を染色し肉眼的判定法によった場合、照射区では、線量に比例して、かつ横断面全域にわたって染色性(過酸化脂質由来)が高まり、この傾向は経時的に上昇した。これに対して、非照射区では染色度が弱く、染色部位も横断面の周辺部に局限しており(自動酸化によるものと推定)、経時変化も認められなかった。
また、比色定量によった場合も、同様に、照射区で染色性の上昇と経時変化が認められたが、市販のソーセージそのものの染色度(過酸化脂質含量)が、メーカーやロットの違いで大きくバラつき、染色の度合だけから照射の有無を判定することは困難と思われた。しかし、肉眼的な判定と比色定量(とくに経時的な検索は有効)を併用すれば、ウインナーソーセージの照射処理の有無を、ある程度判別することは可能であろう。
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