照射食品の検知法は,1990年以来,FAO/IAEAの照射食品の検知法に関する研究調整会議(ADMIT)やECの照射食品検知技術の開発のための プロジェクトで,共同研究開発が盛んに行われてきた。その中でも,熱ルミネッセンス(TL)法は,照射された香辛料・ハーブ・乾燥野菜等の検知法と して国際的に研究され認知されてきた。1996年12月,European Committee for Standardization(CEN)は,熱ルミネッセンス法1)を含め,ESR法, 揮発性炭化水素法,シクロブタノン法の標準分析法を発表した。
筆者は,それらの方法のうち,貿易関係者や消費者の依頼により,当研究所の放射線施設を利用して実際に照射の検知試験を行う際の具体的な試験条件 を,都内のスーパーマーケットで購入した国産の骨付き鶏肉を用いてのESR法2),黒コショウ等の香辛料や藍藻類のTL法について検討してきた。
CENから出されたヨーロッパ標準のTL法は,1992年のイギリスのMAFF4)の方法とほとんど同じで,食品より鉱物質を分離し,TLを測定し, 評価するものである。付着鉱物質を分離できれば,いろいろな食品に適用できる。この分離には,比重の大きいポリタングステン酸ナトリウム溶液等が用 いられる。しかし,この方法でも試料によっては純粋な砂状の鉱物質を分離することは難しい。そこで照射の有無の判定にはTL測定(グロー1)後,既 知線量の照射(CENの方法では1kGy)・TL測定(グロー2)による標準化法を行い,そのTL比(グロー1/グロー2)が0.5以上で照射済み,0.1以下 で非照射,0.5〜0.1ではTL曲線の形によって照射・非照射の判定をすることが提案されている。また,このCENの標準分析法では,通常照射試料の 最大強度は150〜250℃の間にあり,自然放射線に起因するTL ピークは300℃以上に見られるので,150〜250℃の温度範囲が照射の有無の判定に推奨され ている。TL法において実際的な面で重要な検討点であると考えられる,照射前歴効果および判別のために有効な温度範囲について,黒コショウから抽出 した鉱物質および火山灰から採取した石英砂を用いて検討し,興味ある知見を得たので報告する。
1) 照射および試料調整
照射は,各々の試料に,コバルト-60(60Co)線源(185TBq)を用いて,0.5〜11kGyの線量で行った。
マレーシア産の黒粒コショウ試料は,水を加え超音波洗浄機にかけ,コショウ表面の不純物を水中に洗い出した。網皿を用いてコショウと水溶液を分 け,さらに,遠心分離機で懸濁水溶液中の不純物を分離した。この不純物に比重2近くのボリタングステン酸ナトリウム水溶液を加え,遠心分離し,不純 物中の比重の大きい鉱物質を分取した。この鉱物質を酸洗い・中和・アセトンによる水分除去後,真空乾燥し,または50℃で一夜乾燥し,TL測定用試料 とした。
鉱物質抽出の前処理において,水に懸濁させて鉱物質を分離することが困難な粉末試料は,飽和タングステン酸ナトリウム溶液(d=1.5g/ml)に懸濁 させ,超音波振盪後遺心分離し,この沈殿物に,ポリタングステン酸ナトリウム水溶液を加え,以下CENの方法に従い鉱物質の分離を行った。
石英砂試料は,石英成分の多い軽石層の火山灰よりふるいを用いて径0.5〜1mmの粒子を選別した。この中から手選により石英を取り出し粉砕 後,0.125〜0.25mmの粒子をふるい分け,塩酸・フッ化水素酸処理を行った。さらに照射前に自然放射線の影響を消すために600℃2時間のアニールを 行い,試料とした。この石英砂試料においても,照射後50℃で一夜放置し,TL測定用試料とした。
2) TL測定
TL測定は,示差熱分析用アルミ皿(5mmφ)に試料を約1mg取り計量後,HARSHAW‐BICRON製TLDリーダM‐3500により,窒素雰囲気下(流 速2ml/min)で行った。測定条件を昇温開始温度50℃,最終昇温温度450℃,昇温速度10℃/secとし,TL強度はTL曲線を積分して求めた。さらに 続けて同じ条件でTL測定を行い,高温時に発生する疑似発光成分の値を最初の値より差し引き,TL強度とした(グロー1)。 また,360℃のTLシグナルを分離するために,250℃まで10℃/secで昇温しその後10秒間同温でアニールしTL強度を測定した。冷却後,再度
50℃から450℃まで昇温し,上記と同様にTL測定し,これを"360℃のピーク"のTL強度とした。 このスペクトルには250℃までのTL発光は観察されない。この時の総TL強度はこの250℃までのTL積分強度と360℃のピークのTL強度の合計値とした。
3) 標準化法
TL測定後の試料をアルミ皿に入れたまま,試料をこぼさないように1kGy照射し,50℃で一夜放置し,おおよそ24時間後,再度TL測定を行い(グ ロー2),最初のTL強度の値をこの再照射後のTL強度で割ったTL比(=グロー1/グロー2)を求めた。
4) TL装置の温度範囲の正確さは市販のLiFのTLD素子ディスク(TLD‐100)を40Gy照射して得られたTL曲線の形をもとに確認した。
筆者は,@マレーシア産コショウを10kGy,5.2kGy,3.2kGy照射した場合,抽出鉱物質の48日後のTL強度は線量に依存しているが,試料にはバラ ツキが大きいものもある,A5.2kGy照射したコショウからの鉱物質の発光強度の経日変化は,照射直後は急速に減少するが,照射後70日で安定し,3 kGy照射した試料では,1年4カ月経っても照射後70日の発光強度と変わらないことをすでに報告している3)。今回はこのコショウと同じものを使用した。
1) TLピークの特性
マレーシア産コショウやトルコで入手したコショウに照射し,付着鉱物質の大きさよるTL曲線の違いを調べ,付着鉱物質が混合物であるため,産地や 大きさで異なる発光パターンを示したが,360℃付近のピークはどの試料にも観察された。Fig.1に10kGy照射8 日後および33ヶ月後の黒コショウか ら抽出した鉱物質のTL曲線を示す。170℃のシグナルは33ヶ月後には消滅しており,360℃のピークに比べて,230℃のピークのTL積分強度は大きく 減少している。Fig.2に5.2kGy照射した黒コショウから抽出した鉱物質の230℃と360℃のピークの高さの経日変化を示す。またFig.3には石英砂の経 日変化を示す。このように黒コショウでも石英砂でも総TL強度よりも360℃のピークのTL強度の方が経日変化が少ない。Fig.4の石英砂のTL曲線 の経日変化を見ても照射直後にできる170℃付近のピークはすぐに高温部に移動し,かつ減少・消滅が速い。多くの食品では,200〜250℃の間に検出され るピークは数年間安定であると報告されているが,Fig.1およびFig.4から明らかなように,230℃のピークは不安定で減少した。360℃のピークは未 照射食品に見られるが,照射されたものに比較して無視でき,ここに示した360℃のピークは照射によるものといえる。
そこで以下の照射前歴の影響を検討する実験では,総TL強度とともに360℃のピークの積分強度にも注目した。
2) 黒コショウの照射前歴効果
Fig.5に黒コショウからの鉱物質の照射8日後および33ヶ月後の線量とTL強度の関係を示す。照射33ヶ月後でも,360℃のピークのTL強度は,線 量と直線関係にあった。照射8日後では,360℃のピークのTL強度は照射33ヶ月後と同様の傾向が見られたが,総TL強度は,測定のばらつきも大き く,高線量ほどTL強度は直線性が失われてきた。
Fig.6にFig.5のTL試料に標準化のために1kGy照射した後のTL強度を示す。TL測定(グロー1)後は発光に寄与するシグナルは消える。各試 料への同じ1kGy再照射後のTL強度(グロー2)は一定の値にならず,初期線量に相関したTL強度となった。低線量の初期照射した試料は,8 日後も 照射33ヶ月後も同じTL強度を示したが,高線量照射した試料は8日後のTL強度の方が大きくなった。また,照射8 日後および33ヶ月後の総TL強度 は,360℃のピークに比べてばらつきが大きかった。
Fig.1の10kGy照射8 日後および33ヶ月後のTL測定後1kGy照射のTL曲線に見られるように,8日後の360℃のピークは大きく,照射前歴効果の影 響をうけていることがわかる。
このコショウの試料について標準化を行った結果をFig.7に示す。照射8日後の試料の360℃のピークで見たTL比は,線量によらず一定の値を示し た。高線量では1kGy照射時の値が照射前歴効果のため大きく,高線量の大きい値をその値で除しているため線量依存性がなくなっていると思われる。 33ヶ月後の試料は前歴効果が照射後長時間経過したため,減少し若干線量依存性があらわれている。
このように過去に大線量照射されたものは,その 照射履歴効果が標準化に影響を与える結果を得た。
3) 石英砂の照射前歴効果
コショウの試料では,含まれる鉱物費の種類も量も不定であり,また有機物の不純物の効果が系を複雑にする恐れがあるので,コショウに多く見られる 付着鉱物質の一つである純度の高い石英砂試料で同じ実験を試みた。
照射後9ヶ月経過した石英砂のTL強度と線量の関係をFig.8に,またFig.8と同じ試料のTL測定後1kGy照射TL強度をFig.9‐(a)に示す。黒 コショウの場合と同様にばらつきは大きいが、線量依存性が見られた。
このFig.8とFig.9‐(a)のTL強度から求めた標準化のTL比と線量の関係をFig.10‐(a)に示す。この関係が零点を通ると仮定すると図のような 曲線になる。標準化法では,経日変化がないものとすると1kGy照射した試料のTL比は1に,10kGy照射した試料のTL比は10に近くなるはずである。 照射によってTL感度が変化したり,さらに高温のTLトラッブセンターが移動したためか,このように10kGyのような大線量では,石英砂でも照射前 歴効果が現れた。
Fig.9‐(a)の試料を照射前歴を消すために,TL測定皿ごと450℃3時間アニールした。その後再度1kGy照射TL測定を行った。結果をFig.9‐(b) に示す。1kGyの低線量の初期照射量ではアニール後も同じTL強度を示した。360℃のピークでは直線の傾きが6分の1に減少し,線量依存性は減少 した。
Fig.8とFig.9‐(b)のTL強度から計算した標準化法をFig.10‐(b)に示す。明らかに照射前歴効果が小さくなり,相関係数も良く,特に360℃のピ ークではTL比の値も大きくなり,450℃3時間のアニールによる効果が明らかになった。
標準化のTL比が0.5〜0.1になった場合は,150〜250℃の間のTL曲線によって照射・非照射の判定をすることが提案されている。しかし浅いトラッ ブセンターは動きやすく,不安定で経時変化を起こしやすい。標準化のTL比のグロー2は照射24時間後に測定するが,グロー1は初期照射後の経日数が 未知で,150〜250℃の温度ではTL強度は不安定である。香辛料や乾燥野菜等は,保存期間の長い商品であり,実際の食品の検査時が照射後どのくらい経 過したのかもわからない場合が多い。そのためどの場合にも対応できるように安定性のよい360℃のピーク部を検知の判定に使用することが合理的である と考える。
本実験では,高線量照射された鉱物質はその照射前歴が記憶され,標準化のための1kGy照射時に線量依存性を伴った効果が現れることが明らかにな った。そのため,標準化のTL比を求める時,大線量照射された試料では,当然TL比のグロー1も大きくなるが,グロー2も大きくなり,最初の線量と の1:1対応ができなくなっている。標準化の際には,何らかのアニールをし前歴を消した上で,1kGyの照射を行えばより正確な判定ができる。CEN の方法ではTL測定後そのまま1kGy照射され,その後50℃で一夜放置されTL測定し標準化しているが,鉱物質の結晶性を損なわないような,照射前 歴効果を消滅させる的確なアニール条件の検討が必要である。
参考文献
1) CEN:EN1788:1996E(1996)
2) 田辺寛子:食品照射,32,1-12(1997)
3) 田辺寛子,宝月大輔:都立アイソトープ総合研究所年報, 平成8年度,47-49(1997)
4) MAFF:V27,1-16(1992)
5) S.Pinnioja et al:Z.Lebensm Unters Forsch,196,111-115(1993)
6) P.Beneitez et al:J.Radioanalyt.Nucl.Chem.,185,401-410(1994)
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