食品照射に関する文献検索

検知法(DETECTION METHOD):食品が適切に照射されたものか知るための検定方法

検知法


発表場所 : 食品照射, 35巻, pp. 23-34
著者名 : 後藤典子、田邉寛子、宮原 誠
著者所属機関名 : 東京都立産業技術研究所 (〒 158-0081 東京都世田谷区深沢 2-11-1)
  *国立医薬品食品衛生研究所 (〒 158-8501 東京都世田谷区上用賀 1-18-1)
発行年月日 : 2000 年
目的

実験方法
 1. 試料調整
 2. 炭化水素の定量
  2.1 試薬
  2.2 炭化水素の抽出・分離
  2.3 炭化水素の同定
  2.4 GC による分離・定量
  2.5 分析精度の確認
  2.6 炭化水素の回収率の確認
 3. ESR による測定

結果
 1. 炭化水素の生成量
 2. ESR のシグナル強度

考察
 1. 炭化水素の生成量に対する照射温度の影響
 2. ESR のシグナル強度に対する温度影響
 3. 炭化水素生成量と ESR シグナル強度
 4. 炭化水素の生成比
  4.1 Cn-2:1 の生成量比および Cn-1:0 の生成量比
  4.2 1 つの脂肪酸から生成する Cn-2:1/Cn-1:0 の値
 5. 炭化水素法および ESR 法による照射鶏肉の検知

まとめ

参考文献



照射鶏肉の炭化水素法及び ESR 法による検知


目的

 食肉および肉加工食品への放射線照射処理は、大腸菌 O-157 やサルモネラ菌による食中毒対策として注目されている。米国では FDA が 1997 年 12 月に赤身肉の照射処理を認可し、食肉照射基準を発表した。これを受けて 1999 年 12 月に米国農務省は、生肉、冷凍肉および肉加工食品への放射線照射時の実施規則の改正を完了し、「照射済み」の表示を義務づけた。この規則は 2000 年 2 月から施行された。また、フランス、南アフリカ、タイでは食肉や肉加工品への放射線照射が行われている。

 このような現状から、肉類の放射線照射に関する精度の良い検知法の確立が求められている。今日までヨーロッパ基準として、脂肪からの照射生成物を対象とする炭化水素法1) (以下「ヨーロッパ基準 (炭化水素法)」という。) とシクロブタノン法2)、骨を対象とする ESR 法3) が規定されている。しかし、脂肪の放射線分解の結果生成する炭化水素は、一部のものは高温加熱処理によっても生成すると言われ、器具の洗浄不良、試薬の管理不良、試験環境等の原因で混入する可能性もある。

 ESR 法は照射骨付き鶏肉を対象にしているが、骨に放射線を照射したとき、骨の成分であるヒドロキシアパタイト (Ca10(PO4)6(OH)2) 中に電子捕獲によってできるラジカルを測定する方法である。このラジカルは照射後、室温でも安定に存在するため、低線量から線量依存性を示すとともに、精度良く検知できる方法である4)。そこで、本研究は、同一の骨付き鶏肉を試料として、ESR 法と炭化水素法での検知を比較し、炭化水素法の実用性を検討することを目的とした。

これらの検知法については照射時の温度影響について詳しく調べられていない。そこで、本研究では、-19 〜 10℃ の範囲で各脂肪酸から生成する炭化水素の生成量比などを指標に検討したところ、炭化水素生成における温度影響について、興味ある結果を得たので報告する。

実験方法
1. 試料調整

 世田谷区内のスーパーで骨付き手羽もと肉を購入し、骨と肉を分離した。肉部分から脂肪含量の高い皮を分別し、骨と別々に共栓試験管に入れ、185TBq コバルト−60 (60Co) で 0.5kGy 〜 10kGy 照射した。線量率は 3.0 〜 3.2kGy/H であった。照射時の温度設定は次の 4 条件とした。① -19℃ (温度範囲 ; -20 〜 -18℃、寒剤重量比 ; 氷 : NaCl = 100 : 33)、② -10℃ (温度範囲 ; -11 〜 -9℃、寒剤重量比 ; 氷 : KCl = 80 : 20)、③ 1℃ (温度範囲 ; 0 〜 2℃、氷冷)、④ 10℃ (温度範囲 ; 9.5 〜 10.5℃、水冷)。

2. 炭化水素の定量

 ヨーロッパ基準 (炭化水素法) に若干の改良を加えた方法で定量した。

2.1 試薬

 n−ヘキサン : 残留農薬用。無水硫酸ナトリウム : 試薬特級、550℃ で 1 晩加熱後、デシケータ中で冷却し、使用。フロリジル : 550℃ で 1 晩加熱後、ただちに共栓三角フラスコに分取し、放冷後水分濃度 3% (w/w) まで蒸留水を加え、良く撹拌して 1 時間放置したものを使用。使用の都度調整した。炭化水素 : GC 用標準物質として以下の炭化水素を使用した。n−テトラデカン (C14:0)、1−テトラデセン (1-C14:1)、n−ペンタデカン (C15:0)、n−ヘキサデカン (C16:0)、1−ヘキサデセン (1-C16:1)、n−ヘプタデカン (C17:0)、n−エイコサン (C20:0、内部標準)。また照射食品検知用標準物質として、1,7−ヘキサデカジエン (1,7-C16:2)、と 8−ヘプタデセン (8-C17:1) を用いた。以下、炭化水素を (  ) 内に示した C15:0 のように記す。

2.2 炭化水素の抽出・分離

 15 〜 20g の鶏肉を細かく切り、30g の無水硫酸ナトリウムと混ぜてから 100ml のヘキサンを加え、250ml フラスコで 5 時間還流して脂肪を抽出した。ヨーロッパ基準 (炭化水素法) では 1 時間で抽出可能とあるが、抽出をより完全にするために本研究では 5 時間還流を行った。また、操作の効率を考えソックスレー抽出法を採用せず、還流による抽出を行った。ヘキサン溶液を 100ml 共栓試験管に移し、新鮮なヘキサンを添加し全量を 100ml とした後、無水硫酸ナトリウム (10 〜 15g) を加え、1 晩放置した。

 105℃ で乾燥し、恒量にした蒸発皿にヘキサン抽出液 5ml を入れ、ヘキサンを自然蒸発させた。次いでこの蒸発皿をデシケータ中で 30 分減圧乾燥した。空の蒸発皿重量とヘキサンを蒸発・乾燥した蒸発皿重量の差から、ヘキサン抽出液 5ml 中の脂肪含量を求めた。

 脂肪 1g に相当するヘキサン抽出液を分取し、エバポレータを使用して、40℃、約 25kPa の条件下で数 ml にまで濃縮した。濃縮液に内部標準溶液 (4.0μg/ml の C20:0) を 1ml 加え、フロリジルカラム (直径 20mm、フロリジル 20g) に添加した後、ヘキサンを 1 分間に 3ml の速さで流下させ炭化水素を分離した。初出の流出液 60ml をエバポレータを用いて数 ml に濃縮した後に、窒素ガスを吹き付けて 1ml にまで濃縮し、GC/MS 分析及び GC 分析の試料とした。

2.3 炭化水素の同定

 炭化水素の同定は、横河電気㈱製 HP6890/HP5973MSD を用い、25m のキャピラリーカラム HP-Ultra2 により GC/MS 分析で行った。キャリアガスはヘリウム (1ml/min コンスタントフローモード)、試料注入量は 1.0μl でスプリットレス条件で測定した。注入口温度 250℃、検知器は MSD (スキャンレンジ : M/Z 45 から 350) を用いた。イオン化法は EI、イオン源温度は 200℃ とした。オーブン温度は 55℃ で 2 分保持した後、130℃ まで 10℃/min、その後 200℃ まで 5℃/min の条件で昇温し、200℃ で 20 分保持した。

 このようにして得られた試料の GC/MS のクロマトグラムを標準物質の保持時間、分子イオンピーク、フラグメントイオンと比較し、それぞれの炭化水素を同定した。標準物質を入手できなかった炭化水素については分子イオン等をヨーロッパ基準 (炭化水素法) に収載されたクロマトグラムと比較し、同定した。

2.4 GC による分離・定量

 島津製作所製 GC−14A (検出器 : FID) を用い、25m のキャピラリーカラム DB5 (5% phenylmethylpolysiloxane) により GC 分析を行った。キャリアガスはヘリウム (流速 : 約 1ml/min)、試料注入量は 1.0μl でスプリットレス条件で測定した。注入口温度 200℃、検出器温度 280℃ とした。オーブン温度は 55℃ で 2 分保持した後、155℃ まで 12℃/min、その後 230℃ まで 5℃/min で昇温し、230℃ で 10 分保持した。

 各炭化水素は標準物質の保持時間を指標として同定し、その量は C20:0 を用いて内部標準法で求めた。2.1 に記した GC 標準用炭化水素と照射食品検知用標準炭化水素を各々 0.1 〜 20μg/ml と 4.0μg/ml の内部標準 (C20:0) を含む溶液を GC で分析し、その面積値から各々の炭化水素について、検量線を作成した。これらの検量線の相関係数は R2 = 0.9988 〜 0.9996 であった。

 ノイズの 3 倍以下のピーク高さではあるが、未照射試料から C14:0、C15:0、C17:0 の 3 種の炭化水素が検出された。また、購入した鶏肉への包装材の影響を知るために、ラップと発泡スチロールのトレイをヘキサンで洗浄し、GC 分析したが炭化水素は検出されなかった。したがって未照射試料の炭化水素は器具の洗浄不良、試薬の管理不良等に由来すると考えられるが、存在量が僅かなので、以下に述べる照射試料で得られた結果には反映させていない。

2.5 分析精度の確認

 GC 分析の測定精度を確認するために、標準液を繰り返し測定した。調整した標準液は 2.1 に記した GC 標準用炭化水素と照射食品検知用標準炭化水素を各々 0.1 及び 0.2μg/ml 含み、内部標準 C20:0 の濃度は 4.0μg/ml とした。

 標準液を 5 回繰り返し測定した結果、標準液中の各炭化水素濃度が 0.1μg/ml の場合は変動係数 (標準偏差÷平均値×100) が 6 〜 28%、0.2μg/ml の場合は 5 〜 11% であることが分かった。

2.6 炭化水素の回収率の確認

 未照射の鶏肉約 15g をフラスコに入れ、ヘキサン 100ml 及び 6 種類の標準炭化水素をそれぞれ 4.0μg を加え、5 時間還流した。このヘキサン溶液を 2.2 に示した試料溶液の調整法と同様に処理し、GC 分析を行い、それぞれの炭化水素の回収率を求めた。

 その結果、標準炭化水素の回収率は 65 〜 105% であり、分子量が小さい炭化水素ほど回収率が低い傾向にあることが分かった。

 このように各炭化水素の回収率の差に認められたが、脂肪及び炭化水素の分離抽出と GC 分析は照射温度に関わらず同一条件で行ったので、照射温度と炭化水素の生成量比を検討する際に回収率の補正は行わないこととした。

3. ESR による測定

 測定試料の調整方法は次のとおりである。照射後、試料を冷凍庫 (-20℃) に保存し、1 日後から骨の処理を行った。骨幹中央部を切り取り、肉、骨髄と海綿骨を取り除き、五酸化リン共存下で真空中、24 時間乾燥させた。乾燥後、骨を砕き、ふるいを用いて 1mm 〜 2mm の骨片を得た。この骨片を湿度 30% 以下で保存し、照射後 6 日目に、その 100mg を 5φ の ESR 試料管に詰め (高さは約 1cm)、室温で測定した。測定対象としたシグナルは g = 2.002 のピークで、そのシグナル強度はピークの高さで表した。

 日本電子製 JER-RE2X を用いて ESR の測定を行った。ESR の測定条件は、掃引磁場 : 335±7.5mT、掃引時間 : 4 分、モジュレーション幅 : 0.32mT、タイムコンスタント : 0.03 秒、マイクロ波出力 : 1mW であった。

 測定条件によってバラツキが出やすいので、次のように測定条件を統一した。骨の密度差による測定値の変動を避けるため、同一のスーパーで同種の骨付き手羽もと肉を購入し、1 条件につき 2 試料を作成した。ESR のシグナル強度は照射直後にかなり低下する4) ので、ESR のシグナル強度がほぼ安定する照射 6 日後に測定した。

結果
1. 炭化水素の生成量

 脂肪に放射線を照射したとき生成する主な炭化水素ともとになる脂肪酸との関係を Table 1 に示した。このとき、炭素数が脂肪酸のそれより 1 少ない炭化水素 (Cn-1:0) と炭素数が 2 少なく不飽和度が 1 増えた炭化水素 (Cn-2:1) が多く生成する。これらの炭化水素を GC 分析したクロマトグラムの 1 例を Fig. 1 に示す。このうち、標準物質が入手できた 6 種の炭化水素について定量した。1,7,10-C16:3 と 6,9-C17:2 は検出のみ行った。

 -19、-10、1、10℃ における個々の炭化水素生成量と線量との関係を Fig. 2 に示す。どの照射温度においても、照射線量と炭化水素生成量は非常に良い直線関係 (R2 = 0.96 〜 1.00) を示している。

 同一線量での炭化水素の生成量を照射温度毎に比較すると 2 つのグループに分けられる。1 つは、炭素量が 2 少なく不飽和度が 1 増えた炭化水素 (Cn-2:1) のグループ (1-C14:1、1,7-C16:2、1-C16:1) で、これらの生成量は照射温度の影響を受けなかった (Fig. 2-1 〜 Fig. 2-3)。この中で最も多くできる 1,7-C16:2 の生成量は、10kGy で 9.5 〜 10.3μg/g (脂肪) であった。もう 1 つは炭素数が脂肪酸のそれより 1 少ない炭化水素 (Cn-1:0) のグループ (C15:0、8-C17:1、C17:0) で、これらの生成量は照射温度が高い程多くなった (Fig. 2-4 〜 Fig. 2-6)。この中で最も多くできる 8-C16:1 の生成量は、10kGy で 3.6 〜 6.6μg/g (脂肪) であった。

2. ESR のシグナル強度

 照射した骨の ESR シグナル強度が線量依存性を示すことは既に報告されている5)。本研究でも Fig. 3 に示すように両者に非常に良い直線関係 (R2 = 0.98 〜 1.00) が確認された。この結果、通常 ESR のシングル強度は骨密度の影響を受けるが、本研究に用いた骨付き鶏肉は十分な管理下で飼育されたものと推定される。また、照射直後は急激にシグナル強度が低下するので、測定日を一定にした結果、このシグナル強度は照射温度を変化させても、同一線量ではほぼ一定であることが明らかになった。

 照射温度 1℃ の場合の、炭化水素生成量と ESR シグナル強度の関係を Fig. 4 に示す。この図から明らかなように、個別の炭化水素ごとに直線関係になり、相関係数を求めると R2 = 0.96 〜 0.99 と高い値であった。また、-19℃、-10℃、10℃ の照射温度においても同様な高い相関係数 (R2 = 0.96 〜 1.00) が得られた。

考察
1. 炭化水素の生成量に対する照射温度の影響

 脂肪へガンマ線を照射したとき生成する炭化水素の量は照射温度が低くなる程減少することが報告されている6, 7)。個々の炭化水素について検討した結果を Fig. 2 に示す。今回定量した 6 種の炭化水素のうち、最も少ないものの生成量は 0.5kGy 照射で 0.06μg/g (脂肪) であった。従って、照射の結果これらの炭化水素が上記濃度以上検出されれば、照射の有無の実用的検知が可能である。炭素数が脂肪酸のそれより 1 少ない炭化水素 (Cn-1:0) の生成量は同一線量では照射温度が高くなると増加することが確認された。しかし、炭素数が 2 少なく不飽和度が 1 増した炭化水素 (Cn-2:1) の生成量は照射温度の影響はほとんど受けないことが分かった。

 脂肪を照射することによって得られる炭化水素の生成メカニズムについて Nawar が Fig. 5 に示す反応経路を提唱している7)。脂肪に放射線を照射するとラジカル反応により中間体Ⅰができる。a のルートでは 6 員環の中間体Ⅱを経て、炭素数が 2 少なく不飽和度が 1 増した炭化水素 (Cn-2:1) が生成する。この反応は 1 分子反応であり、温度による影響を受けないと思われ、本研究の結果と一致する。一方、中間体Ⅰから b のルートを経て、炭素数が脂肪酸より 1 少ない炭化水素 (Cn-1:0) が生じる。この生成メカニズムは 2 分子反応であり、温度の影響を受けると考えられ、本研究の結果と一致する。

2. ESR のシグナル強度に対する温度影響

 照射温度 -19 〜 10℃、線量 0.5 〜 10kGy の範囲で照射した骨の ESR のシグナル強度を Fig. 3 に示す。ESR のシグナル強度は線量が一定であれば照射温度の影響を受けないことが分かった。一般には照射された食品の照射温度はわからないので、照射温度によらず検知できることは線量依存性があることと同様に、検知法として重要である。ESR 法は商業的な温度範囲で照射処理された骨付きの鶏肉であれば、有効な検知法であることが確認できた。

 我々はすでに線量付加法 (ESR 法) を調べ、照射経歴の不明な試料の線量を推定する方法を確立した4)。この方法に対する温度影響については未検討であった。本研究により、ESR のシグナル強度に対する温度効果がないことが明らかになり、線量付加法の実用性も確認された。

3. 炭化水素生成量と ESR シグナル強度

 Fig. 4 に示す結果から、炭化水素生成量と ESR シグナル強度の相関が非常に強いことが明らかとなった。したがって、炭化水素法は ESR 法と同様、実用的な検知法であることが裏付けられた。対象とする試料の形態、線量の違いによる炭化水素法と ESR 法の使い分け、あるいは精度の向上を目的とした両方法の併用等が、さらに実用的な検知方法として適用できる。

4. 炭化水素の生成比

 ヨーロッパ基準 (炭化水素法) では、正確な照射の検知を行うために、生成した炭化水素の量比を食品中の脂肪酸組成比と比較して判断することとしている。そこで、本研究では鶏肉中の脂肪酸組成を日本食品脂溶性成分表8) を参考にして、パルミチン酸 (FA16:0) 24%、ステアリン酸 (FA18:0) 6%、オレイン酸 (FA18:1) 43%、リノール酸 (FA18:2) 15% として、実験結果を考察した。

 実験方法 2.5 で述べたように、炭化水素濃度が 0.2μg/ml 以上では測定誤差は小さいので、炭化水素生成量が 0.2μg/g (脂肪) 以上の測定値をもとに生成量比を算出し、-19℃ 〜 10℃ での照射温度範囲での生成量比を求めた (Table 2)。

 炭化水素濃度が 0.2μg/ml 以上となった線量は 1,7-C16:2 は 0.5kGy 以上、8-C17:1、1-C14:1 と C15:0 は 0.5 〜 1kGy 以上、1-C16:1 と C17:0 は 3kGy 以上であった。

4.1 Cn-2:1 の生成量比および Cn-1:0 の生成量比

 鶏肉の脂肪中のパルミチン酸とオレイン酸の組成比は 0.55 である。照射によりこれらの脂肪酸から生成する炭化水素のうちで Cn-2:1 の生成量比 (1-C14:1/1,7-C16:2) は平均 0.48 で、温度影響はほとんどなかった (Table 2 の①)。Cn-1:0 の生成量比 (C15:0/8-C17:1) は 0.76 〜 0.57、平均 0.66 であった。この値は照射温度が低いほど大きくなる傾向を示した (Table 2 の②)。

 鶏肉の脂肪中のステアリン酸とオレイン酸の組成比は 0.14 である。照射によりこれらの脂肪酸から生成する Cn-2:1 の生成量比 (1-C16:1/1,7-C16:2) は平均 0.12 で、温度影響はみられなかった (Table 2 の③)。Cn-1:0 の生成量比 (C17:0/8-C17:1) は 0.21 〜 0.16、平均 0.18 であった。この値は照射温度が低いほど大きくなった (Table 2 の④)。

 脂肪酸の組成比と照射によりこれらの脂肪酸から生成する炭化水素の生成量比を比べて、検知するためには、照射温度がわからなくても判断できることが必要である。そのため、炭化水素の生成量比が温度の影響を受けないことが望ましい。各脂肪酸から生成する Cn-2:1 の生成量比は理論的にもとの脂肪酸の組成比に一致し、かつ、温度の影響を受けないので、これを利用して検知精度を向上することができる。

4.2 1 つの脂肪酸から生成する Cn-2:1/Cn-1:0 の値

 Schreiber 等は、1 つの脂肪酸から生成する Cn-2:1/Cn-1:0 の値はもとの脂肪酸の種類に関わらず理論的に一定であると述べている9)。しかし、本研究では、Fig. 2 に示したように、Cn-1:0 の生成量は照射温度の影響を受け、Cn-2:1 の生成量は照射温度の影響を受けないという結果を得た。Fig. 5 に示したように、反応経路が Cn-2:1 はルート a から、Cn-1:0 はルート b から生成するため、照射温度により、生成量に差が出たと考えられる。このことにより、Table 2 の⑤、⑥、⑦に示したように各脂肪酸由来の Cn-2:1/Cn-1:0 の値が温度の影響を大きく受けていると考えられる。

 ここにはデータを示していないが、0.5kGy 以上の線量において、照射温度に関わらず、1 つの脂肪酸から生成する Cn-2:1/Cn-1:0 の値は、一定の傾向が見られた。それは、もとの脂肪酸で識別すると、オレイン酸由来>パルミチン酸由来>ステアリン酸由来の順であった。すなわち、炭化水素生成量比で示すと 1,7-C16:2/8-C17:1 > 1-C14:1/C15:0 > 1-C16:1/C17:0 の順であった。しかし、1℃ と 10℃ においては、パルミチン酸由来の炭化水素生成量比 (1-C14:1/C15:0) とステアリン酸由来の炭化水素生成量比 (1-C16:1/C17:0) は大きな差が無かった。

5. 炭化水素法および ESR 法による照射鶏肉の検知

 これまでに示した分析結果から、鶏肉について炭化水素法で照射の有無を判別する際の留意点として次の 3 点を提案する。
1) 照射の結果、Table 1 にある炭化水素が全部または一部検出されること。
2) パルミチン酸とオレイン酸の組成比と、それらの脂肪酸から生成する Cn-2:1 量比 (1-C14:1/1,7-C16:2) がほぼ同じであること。また、ステアリン酸とオレイン酸の組成比とそれらの脂肪酸から生成する Cn-2:1 量比 (1-C16:1/1,7-C16:2) がほぼ同じであること。
 これは Cn-2:1 生成量比が照射温度に影響されないためである。
3) オレイン酸由来の Cn-2:1/Cn-1:0 (1,7-C16:2/8-C17:1) の値はパルミチン酸由来 (1-C14:1/C15:0) の値、またはステアリン酸由来 (1-C16:1/C17:0) の値より大きいこと。

 なお、ESR 法は操作が簡単で、感度も良いので、骨付き鶏肉の場合は ESR 法も適用でき、両法を併用することによって、検知精度を向上できる。

まとめ

 炭化水素法は骨の存在の有無に関係なく脂肪を含む食品の照射判別に適用できるが、実験に使用する器具の洗浄、試験環境など十分注意することが必要である。より精度を上げるためには、試料中の脂肪酸の組成を予め知ることも必要である。これらの条件を満足すれば、炭化水素法は実用的検知技術として利用できることを確認した。また、骨を対象とする ESR 法と肉を対象とする炭化水素法の結果には大きな相関があり、炭化水素法と ESR 法の併用で検知精度が向上する。

参考文献

1) BSI, Foodstuffs-Detection of irradiated food containing fat-Gas chromatographic analysis of hydrocarbons, BS EN 1784 (1997).
2) BSI, Foodstuffs-Detection of irradiated food containing fat-Gas chromatographic/mass spectrometric analysis of 2-alkylcyclobutanones, BS EN 1785 (1997).
3) BSI, Foodstuffs-Detection of irradiated food containing bone-Method by ESR spectroscopy, BS EN 1786 (1997).
4) 田辺寛子 : 食品照射, 32, 1-12 (1997).
5) J. S. Lea, N. J. F. Dodd and A. J. Swallow : Int. J. Food Sci. and Tech., 23, 625 (1988).
6) A. Spiegelberg, G. Schulzki, N. Helle, K. W. Boegl and G. A. Schreiber : Radiat. Phys. Chem., 43, 433 (1994).
7) W. W. Nawar : Food Reviews International, 2(1), 45-78 (1986)
8) 科学技術庁資源調査会編 日本食品脂溶性成分表 大蔵省印刷局出版 102 (1998.5.25 発行)
9) G. A. Schreiber, G. Schulzki, A. Spiegelberg, N. Helle and K. W. Boegl : Journal of AOAC international, 77, 1202 (1994)
(2000 年 7 月 6 日受理)


Table 1. Radiolytic hydrocarbons for main fatty acids.
Radiolytic hydrocarbons for main fatty acids.


Table 2. Ratio of hydrocarbons from irradiated chicken.
Ratio of hydrocarbons from irradiated chicken.


Fig. 1 GC chromatogram of hydrocarbons from irradiated chicken at 5kGy (-19℃).
GC chromatogram of hydrocarbons from irradiated chicken at 5kGy (-19℃).


Fig. 2 Relationship between the dose of γ-irradiation and the amount of hydrocarbons from irradiated chicken at -19 〜 10℃.
Relationship between the dose of γ-irradiation and the amount of hydrocarbons from irradiated chicken at -19 〜 10℃.


Fig. 3 Relationship between the doses of γ-irradiation and the intensities of ESR signal at -19, -10, 1 and 10℃. n=2.
Relationship between the doses of γ-irradiation and the intensities of ESR signal at -19, -10, 1 and 10℃. n=2.


Fig. 4 Relationship between the amount of hydrocarbons and the intensities of ESR signal Irradiation with the doses ranging from 0.5 〜 10kGy was carried out at 1℃.
Relationship between the amount of hydrocarbons and the intensities of ESR signal Irradiation with the doses ranging from 0.5 〜 10kGy was carried out at 1℃.


Fig. 5 Radiolytic formation of alkane and alkene7).
Radiolytic formation of alkane and alkene.




関係する論文一覧に戻る

ホームに戻る