2. 実験方法
2.1 試料
2.2 試料の照射および保存方法
2.3 種子の分離、乾燥
2.4 ESR の測定
照射食品の検知法として、照射セルロースに特有なラジカルを ESR で検出する方法が知られている。この原理によるヨーロッパ規格1) が 2000 年改定され、イチゴから種子を分離する方法についての記述が追加された。この規格では 1.5kGy 照射したイチゴを 3 週間検知可能としている。しかし、イチゴへの照射線量の上限は 3kGy の国もあるが、1kGy とする国が多いので、1kGy 以下の照射の検知を試みた。また、ヨーロッパ規格では、明確なピークを例示してあるが、どの程度の形状、強度であればピークと認められるのか不明である。このピークの有無の判断基準も検討した。
実験に用いたイチゴの品種は主として「とちおとめ」である。未照射試料の比較には「とよのか」と「章姫」も用いた。これらの試料は国産品をスーパーまたは青果店で購入し、実験に用いた。購入したイチゴにはカビの生じたものはなかったが、傷んだものがあり、それらは取り除いた。
イチゴは試験管にそのまま入れ、当研究所のコバルト−60 (60Co) 線源 (185TBq) を用いて、室温で照射した。このときの線量率は 0.82kGy/h であった。照射後、試料を 1 測定分 (40 〜 60g) に分け、冷凍条件のものはチャック付きビニ−ル袋に入れ、約 -18℃ で保存した。冷蔵条件のものはふた付きプラスチック容器に入れ約 0℃ で保存した。さらに、一部はプラスチックトレーにのせ、ダンボール箱に入れ、人工気象器 (22℃) で保存した。なお、未照射試料もそれぞれ照射試料と同様に保存した。
さらに、半分に切ったイチゴの切り口を下してアルミトレーに並べ、当研究所の電子線照射装置 (200keV) で窒素気流下、室温で照射した。照射後、この試料はチャック付きビニ−ル袋に入れ、冷凍庫 (約 -18℃) に保存した。
室温 (22℃) で保存した場合、照射 7 日後の試料は乾燥が激しく、1.0kGy 以下では全面にカビが生えていたので、ESR の測定は行わなかった。冷蔵では、照射 14 日以後の試料は、ヘタが乾燥したり、つやがなく商品価値がないと思われたが、カビの生えたものなどを含めた試料で ESR の測定をした。冷凍したものは、カビが発生したり、傷んだりすることはなかった。冷蔵、冷凍で保存したものは、乾燥のため蒸留水に浮く種子の割合が多かった。
室温保存または冷蔵したイチゴはヘタを取り除き、400ml の蒸留水とともに家庭用ミキサーに入れ、5 〜 10 秒程度撹拌した。冷凍したイチゴはヘタを取り、種子に傷をつけないように半解凍状態で表面部分をナイフで切り取り、400ml の蒸留水とともにミキサーで撹拌した。この混合物を 1L ビーカに移し、ミキサーに残った種子も蒸留水で洗い出し、加えた。1 分ほど静置後、水に浮いた繊維を流し出し、更に蒸留水を適宜加え繊維を除去し、種子をビーカの底に残した。この底に残った種子を蒸留水とともに、分離式グラスフィルタに入れ、水流ポンプで吸引ろ過した。グラスフィルタ上に残った種子をシャーレに集め、デシケータの中で減圧乾燥した。
種子を分離するとき、ミキサーを使用したが、撹拌時間が短いと、種子に繊維が付着していた。繊維を完全に分離するには、撹拌時間を長くすれば良いが、種子も砕け、ピーク A (Fig 1) がやや高くなったので、多少繊維が残っている状態で、ESR の測定を行った。
ESR 測定は日本電子㈱製 JER-RE2X 型 ESR 機を用いた。主な測定条件は磁場 : 335±7.5mT、モジュレーション幅 : 0.79mT、タイムコンスタント : 0.03 秒、掃引時間 : 4 分、マイクロ波出力 : 1.0mW であった。観測した試料ピークの g 値はマンガンマーカの 3 番目と 4 番目のピークを基準として、計測した。測定感度はピーク A (g 値 = 2.0046) の高さが用紙の 7 割程度になる感度の 10 倍に設定した。
種子は測定の都度 (測定の前日または当日)、分離、乾燥し、測定までは室温で保存した。この種子 200mg を X バンド用 ESR 管に入れ、測定した。
照射したイチゴの ESR での検知について、1kGy 照射後 5℃ で保存して 3 週間程度検知できるという報告2) があるが、セルロース特有のラジカルピークがどのような形状、強度なのか不明である。そこで、ピークの判別方法を検討した。
照射イチゴの種子を分離し、ESR を測定すると、Fig 1 のように主ピーク A と照射セルロースに特有のラジカルによるピーク C1、C2 が検出される。高磁場側のピーク C2 はマンガンマーカの影響を受け鮮明でないので、検討には低磁場側のピーク C1 を用いた。数種類の未照射イチゴについて ESR の測定を行なったところ、照射セルロースに特有なラジカルによるピーク C1 付近に、わずかなピークがあった (Fig 2)。これと照射試料のピークとを区別する方法を検討した。Fig 3 のようにマンガンの第 3 番目のピークと g 値 = 2.0046 のピーク A の間をベースラインに接する直線 (ℓ) を引き、この直線からのピーク高さ (S) を求め、高磁場側のベースライン (Fig 2) からノイズ幅 (N) を求め、S/N 比を検討した。
各条件で保存した試料から算出した S/N 比を Table 1 に示す。この Table 1 から、S/N 比が 0.7 以上で「特有のラジカルピークあり」とすれば、1kGy 以上照射したイチゴは「照射した」と判断できる。しかし、0.5kGy 照射したイチゴを判別できない。
ノイズを低下させれば、この S/N 比が高くなると予想した。そこで、Table 1 で測定した試料を同じ感度のまま、掃引時間 1 分で 10 回測定したデータを積算した。この結果、Fig 4 に示すように 4 分で 1 回掃引したスペクトルに比べて、ノイズが低下した。掃引時間 1 分で 10 回測定したデータを積算した ESR スペクトルから算出した S/N 比を Table 2 に示す。S/N 比が 1.0 以上で「特有のラジカルピークあり」とすれば、0.5kGy 照射したイチゴでも判別できる。
照射の有無を迅速に判定することが求められるので、以上の結果から、掃引時間 4 分で測定した ESR スペクトルで S/N 比が 0.7 以上あれば、「照射された」と判断する。この S/N 比が 0.7 未満であった場合は、掃引時間 1 分で 10 回測定したデータを積算した ESR スペクトルの S/N 比が 1.0 以上あれば、「照射された」と判断する。以上の考え方を ESR 装置ごとに、「照射セルロースに特有のラジカルピークがあること」の判断基準として、適用することを提案する。
この判断基準では、0.5kGy 以上照射されたイチゴでは、室温で 3 日後、冷蔵で 21 日後、冷凍で 60 日後までは検知できた。また、電子線照射した場合、電子の透過力が小さいため均一な照射条件の結果ではないが、種子の表面に分布するセルロースに起因する特有のラジカルピークがγ線と同様に検出できた (Table 3)。
電子線照射にご協力いただいた、当所放射線応用グループ (現、東京都立多摩中小企業振興センター) の伊藤寿氏に感謝いたします。
1) EN 1787 Foodstuffs-Detection of irradiated food containing cellulose by ESR spectroscopy, European Committee for standardization, Brussels, Belgium (2000).
2) J. J. Raffi, J. L. Agnel, L. A. Buscarlet and C. C. Martin, J. Chem. Soc., Faraday Trans. 1, 1988, 84(10), 3359-3362
(2002 年 6 月 24 日受理)
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