ESR 法 (Electron Spin Resonance Spectroscopy、電子スピン共鳴法)
TL 法 (Thermoluminescence、熱発光法)
PSL 法 (Pulsed Photostimulated Luminescence、ドラフト法)
2001 年の本誌に同年 3 月にフランスのアビニオンで開かれた第 12 回国際放射線プロセスシンポジュウム (12IMRP) 等の討議の報告を行い、また他誌にも総説を書いた1,2)。ここでは今までの検知法開発の歴史を振り返りつつ、1994 年の ADMIT (Analytical Detection Methods for Irradiation Treatment of Foods) 以降、現在の検知について述べる。今回は検知法入門を兼ねて、そもそもなぜ検知法が必要なのかと言う議論を最初に行う。ある専門紙に “照射で有害な物質ができるとする科学者もいるので、照射食品の正しい表示が求められている” という意見が掲載されていた3)。現在このような考え方は一般的ではない。検知法の必要性は照射食品の安全性と大きな関わり合いを持つもので極めて重要である。
検知法開発の歴史は古く、1960 年代にはその端緒がはじまり、一時下火になったものの、1990 年前半には、IAEA 主導のもと盛んに研究が行われ、現在のような形の検知法が成立した。
一般的には消費者が照射食品と非照射食品を区別して購入できるようにするために、照射済みの表示を要求し、それを担保するために検知法が必要であるとされる。しかし、 本来の必要性についての論議は 1986 年から 1991 年にかけて論議された。その内容を表 1 に示す。この表から、照射食品に対する規制が異なる国でこれらを流通させるためには、それぞれの国の規制にあった条件を満たす必要があり、その一つとして照射食品の検知の必要性が最初に議論されたようだ。
食品を放射線で処理すると、その時の吸収線量等条件によっては、温度上昇 (1kg の食品を室温で、1kGy 照射するとおよそ 0.24℃ 上昇するといわれている)、色調の変化 (主に退色)、照射臭 (炭化水素類の臭い) 等が見られるが、一般の消費者にはほとんど気がつかない程度のものである。そのため、一般の消費者が購入したときは判別がつかない。照射した食品に食品添加物、特定原材料などと同じようにラベルに表示すれば判別がつく。小売りの段階など流通の途中でそのラベルが剥がされてしまった場合、消費者は区別ができなくなる。照射されていない食品を選んだつもりが、そうでないことになってしまう。あるいは、これとは対照的に照射食品の方が実際には高価に販売されることから、照射されていない食品を偽って照射食品であると売りつけるケースもあった。南アフリカやイスラエルの様にハイキングの携行食や軍隊食として照射食品が普及しているところでは、照射食品でないものを誤って持参すると遭難の危険すらある。確実に区別をつけなくてはならない人々もいる。照射原料を使用した製品に殺菌等のために再び照射することを CODEX は禁じているので、照射原料を加工業者が購入したとき、これを遵守するためには、照射食品であるか否か厳密に区別する必要がある。また、病人食等高線量処理された照射食品を必要としている人に誤ってそうでない食品を摂取させることは危険である。 スペースシャトルの様に極めて厳密に細菌管理された空間に食品を持ち込む場合はさておいても、微生物管理の観点からも、照射、非照射を区別して流通管理する必要があるといわれている。
単にそれらの照射、非照射を区別するだけなら、記録を厳密につけて、それを管理すれば良いことになる。現実にアメリカでは契約に基づいて、照射果実や照射ハンバーグの管理はこのような方法で行われている。いわゆるパラメトリックな管理とその記録を厳正にすることにより検知法は不要なはずだ。しかし、ラベルを剥がしたほうが売りやすいと考え、実際に剥がしてしまう例は極端なこととしても、国際的、あるいは国内の法規等に沿って、的確に照射されたか客観的に確認する手段が必要であることは IAEA も認めている4)。 パラメトリックな管理の基礎となる吸収線量の推定には、現実的な問題が無いわけではない。線量計による線量測定は温度、湿度などの影響はもとより、照射されるものの密度等に影響されるだけでなく、照射施設の技術や設備によってその線量分布が常に変動することが知られている。照射技術の優劣は線量分布のバラツキに繋がり、その再現性に大きく影響する5)。そのために “放射線照射には再現性が無い” と言い切るベテラン研究者もあるくらいだ。特に必要線量に満たない照射不良、あるいは過照射になってはいないか判断する直接的な方法が必要であろう。そこで、現実的にもある外国の飼料メーカーは契約通りの照射が行われたかを確認するために、飼料成分分析会社に依頼し、抜き取った照射飼料を分析し、照射線量の確認を行っているし6)、照射挽肉を製造している会社でも通常の菌数検査を実施して確認を行っているようだ7)。殺菌した後、事故が無い限り菌数が増える心配の無い医療用具と異なり、照射後にわずかな取り扱い上の不備があっても、あるいはもともと照射安全域が狭いので少しの照射ミスがあっても事故につながる危険がある。したがって、パラメトリックレリースと言い切っては安心できず、出荷後に実施できる検知法は食品の安全確保の上も必要な技術である。 最後に我が国の様に、食品を照射することを原則的に禁止している国にとって、これを厳に取り締まるための必要技術であることは言を待たない。さらに、食品加工者においては、自社の原料に照射された原料が混入していないか調べる必要があり3a)、これを怠ると重大な事件に発展する可能性がある。実際にこのような事件が過去にあった3b)。
このようなことから直接検知する方法の存在は、消費者の要求に応えるだけでなく、照射食品の品質や流通に対する信頼を高めるために必要不可欠との認識が生まれている。つまり実際に照射食品が流通している地域では、当初 IAEA が考えていた “円滑な貿易のため” とは別の理由でも、検知法が必要とされているようだ。以上まとめると 1) 消費者の食品選択権の保証、 2) 流通管理、 3) 照射食品の品質保証、 4) 消費者保護、 5) 国による照射食品の管理 などの目的で検知法が必要であると現在は考えられている。
検知法を考えるに当たって、実際上どれくらいの吸収線量を与えられた照射食品を検知する必要があるか表 2 に示した。目的は現在 IAEA の考える分類とは少し異なるが、現実に実用となっている照射食品の実態を反映しているのでこの表を掲げる。照射障害の現れやすい生鮮野菜果実は 1kGy 以下、肉・香辛料の殺菌目的には 10kGy 以下、保存食などは 50kGy 以下であることが分かる。
どのような分析法でもそれが具備するべき条件がある。前述の ADMIT は分析法の選定に先立ち、表 3 に示すように 1990 年に検知法の要件を列挙した。これらの条件を全て満たすものはないが、理想の分析法として一つの考え方を示すものである。照射による食品成分の検出は極めて微量であるがこれを調べる必要を強調し、付着物を調べて検知することを避けようと当初はしていた。そうしないと検知できても、曖昧な結論しか下すことができない。また、保存による検知対象項目の減衰に極めて留意していることが分かる。
およそ、放射線で変化する成分があればどれでも検知法の対象となる。実用照射量を与えられた食品の中に生じる変化は極めて少なく、現在の科学技術をもっても、これをとらえることは容易ではない。我が国からもこの ADMIT の会議に多数の研究者が参加した。 1991 年の IAEA の報告書4) によると香辛料の検知に用いられる粘度法、生鮮果実に有用な発芽法、高タンパクな照射食品の検知に有利なオルトチロジン法、ジャガイモの検知に便利なインピーダンス法、免疫化学的な検知法なども重要な検知法だと記されている。ついで 1994 年イギリスのベルファストで開かれた会議では、この会議の議長にイギリスの代表が選ばれた。1994 年の ADMIT では有望な 16 種の検知法を分析手段によって 8 分類し、a) ESR 法、b) TL 法、c) その他の物理学的方法 (インピーダンス法、粘度法、近赤外法)、d) 生物学的免疫化学的方法 (微生物学的方法、ハーフエンブリオ法、免疫化学法)、e) HC 法、f) CB 法、g) その他の化学的方法 (オルトチロジン法、パーオキシド法、発生ガス法)、h) DNA 法 (コメットアッセイ、ミトコンドリア法、損傷 DNA の免疫化学的検出) のそれぞれに評価グループを作り最終的に必要と思われる検知法を決定し、9 つに絞り込んだ8)。その際、コラボラトリー研究の結果が満足できる内容であることが要求された。この種の実験を行うためには、多くの科学者の協力だけでなく、多額の費用と数年にわたる歳月が必要だ。このような条件が揃うためには、国家的な後押しが必要であろう。イギリスのベルファストにあるクイーン大学、ドイツのカールスルイエにある国立栄養研究所等が中心になって、その開発研究が進められてきた。何種類もある検知法の中から、必要だと ADMIT 委員会が判断した検知法が取り上げられた。その選択には特にイギリスの MAFF の影響が大きく、当時イギリスが照射食品を禁止していたこともあり、早急に検知法の整備をしたかったようだ。公定法を開発するには、たたき台になる試験法の開発、これを追試する試験、数カ所の試験研究機関が共同でこれを確かめる試験などその開発には多くの確認作業が必要とされている。この一見無駄のように見える種々の研究は重要で、ひとたび公定法となると誰でもどこでもその試験法が再現されなくてはならないからだ。その試験法のなかに再現性の悪い原理、極めて特殊な技術、高度な熟練が必要であってはならないとされている。これらの検討を通じて、試験法の弱点の補強を行った。
この ADMIT 会議終了後も、検知法の研究は粛々と進めらており、8 年経過した 2002 年現在、当時の検知法がどのような評価を得ているかを示した。(表 4, 5, 6, 7, 8) 1991 年に提案された試験4) について、表 4 は当時の評価基準に等々力ら9) が手を加え、さらに筆者が現在に合うように改変したものである。表 5 から 8 は 1991 年の ADMIT の資料4) をもとに、等々力の原表を、筆者が現在の実情に合うようにさらに改訂したものである。有望と言われながらも、そのままに放置されている様子に見えるもの、BCR やイギリスの当時の MAFF の支援を受けて大きく発展しているものまで様々な様子がうかがい知れる。検知法の分類は 1991 年の ADMIT4) の分類にしたがった。
照射する目的と照射しようとする食品の種類によって線量は異なってくる。そして、ICGFI はその勧告として表 2 に示すような線量を提案している。このように現実に用いられる線量は、許可線量の上限までは使用されないことが多い。従来からは 10kGy が上限とされてきたが、1999 年 ICGFI は軍用食、病人食等の必要性から、吸収線量の上限を撤廃し無制限に再照射を認めるように、CODEX 委員会に要請した。2002 年 6 月現在、その検討が続けられている。この動きは検知法を作成した時に前提としたことが崩れることになるが、多くの検知法は影響を受けないだろう。むしろ、多量の放射線分解物等が生成するので検知しやすくなる可能性がある。しかし、ESR 法の一部のように、不安定な物質を検出している場合は検知が困難になるだろう。また、再照射を認めた場合、もともと高線量や再照射を想定していないコメットアッセイ法や APC/DEFT 法の様な検知法は使用できなくなる可能性があり、今後、高線量時代が到来するとすれば、それに対応した検討が必要となる。ここでは、現行の線量を基準に考える。なぜなら、昨年 EU が同域内の照射香辛料を認めた時の線量は 10kGy 以下であり、表 2 に示したように一般の食品には高線量を必要としないと考えられるからだ。また、EU が指定している照射食品原案の線量もおおむね 10kGy 以下である。さらに、2002 年 3 月に行われた CODEX での論議の後も、上限の 10kGy 撤廃については、さらに議論を継続するようだ10a)。
EU が 2002 年 6 月現在認めている検知法と試案となっている試験法を表 9、10 にまとめた。この表は 2002 年春に他誌に同様の表を掲載した2) が、その執筆時には多くの方法がドラフトであった。本年 1 月までに PSL 法をのぞき、8 つの検知法は正規の試験法となったので、ここに再掲する。その検出限界を同時に示した。これらの試験法が適用できる照射食品の範囲は原則としてこの表に示す食品に限られる。この表からもわかるように、1 つの試験法が適用できる範囲は極めて狭い。これらの試験法と試案の実用性を検証した線量域を示したのが表 10 である。これは、先ほど述べた実用性を検証する実験で、取り扱われた線量で、実用的に検知できる線量を示している。
なお 2001 年夏の CODEX 試験法とサンプリング部会10b,c) は表 9 に示す方法のうち、ESR 法の 2 つと HC 法、TL 法をその用途に合わせて評価し Type Ⅱ の試験法とし、CB 法だけを Type Ⅲ 試験法と評価した。この Type Ⅱ の分析法は参照試験法と呼ばれ、正式な試験方法 (Type Ⅰ) が無いときに用いる方法でその数値は紛争時の議論の対象 (dispute) として用いたり、測定値として用いることが出来る。Type Ⅲ の方法はその正確性、回収率、選択性、応用範囲の広さ、測定範囲、直線性等が目的に適っているが、規制、検査、行政的な目的に限って用いることが出来る。さらに、24 回総会において、これらの 5 つの方法は一般分析法として採用された。しかし、これらの分析法は定量的な取り扱いはできず、定性分析法としてその地位が認識されている。さらに、照射食品であることは検知の結果が陽性であることの必要条件で十分条件では無い。つまり、“検知結果が陰性であっても、その食品が照射されていないという証明にならない場合がある” ことが、CODEX でも指摘されている。したがって、照射記録等による管理も必要となるだろう。
EN 法には 3 つの方法に ESR 法は用いられている。第一番目のものは骨の中にあるリン酸カルシウム、ヒドロキシアパタイトにトラップされるラジカルを測定するものである。乾燥したサンプルを篩にかけて大きさを整え、一定量を測定管につめ測定する。ESR の測定条件は CEN 発行のマニュアルにある。測定結果の一例を示す11)。図 1 に示すように第二のピーク (矢印) の出現により照射の有無を判定する。これらラジカルのスペクトルの形状はサンプルごとに異なる場合があり、磁気異方性、混在する常時性金属により影響を受ける。
第二番目の方法は乾燥した植物性試料中のセルロースに捕捉されたラジカルを検知に利用するものである。いくつかの香辛料について、検知の能力が確かめられている。一般に保存状態により、ラジカルの寿命が変化するために、検体によっては全くシグナルが観測できないことがある。
表 11 に ESR 法による香辛料の保存実験の結果を示した。調べられた香辛料の多くはその保存期間を大きく下回った検知可能期間しか持たない。同様の結果は他の研究者の研究でも明らかになっている12)。(図 2) このスペクトルの中央にあるシングレットの大きなピークは非照射のサンプルにもあり、吸収線量の増大とともに高さが増してくる。これは食品中のキノン類に由来すると言われている。このようにサンプルの種類によって、そのシグナルが観察できる期間が、保存期限より極端に短いものが知られおり、このため、このシグナルがないから非照射と判定できない場合がある。
第三番目の方法は結晶性の糖分を含有する乾燥果物などに適用可能である。2002 年から CEN の方法に採用された。結晶性の糖質 D-フルクトース、D-グルコースなどに由来するシグナルである。このシグナルは十分に安定で、数ヶ月以上測定が可能であったという。しかし、香辛料と同様にラジカルを検出するという原理の性質上、サンプルの保存条件などの影響を受けやすいと言われている。
原理は珪酸塩など電気の伝導性の悪い物質に放射線を当てると、その物質がイオン化しても、自由に電子が移動できないために、電子と電子孔 (Electron Hole) が対になって生成し、それが物質内に捕捉される。これを加熱して、この電子が自由に動けるだけの運動エネルギーを与えると電子はその捕捉された場所から移動して電子孔に捕捉され、光を放出する。この光を温度上昇の関数として観測する。実際にはサンプルに付着している結晶性の鉱物分をポリタングステン酸塩で抽出し、これを暗箱中で 250 度まで加熱する。その際に照射された鉱物は発光 (T1) するのでこれを測定する。ついで、発光量の標準化のために再度 1kGy 照射し、再度温度を上げて、発光を測定 (T2) する。T1/T2 の比から照射の有無を判定する。測定例を図 3 に示す13)。再照射のために、高価な照射装置が必要である。TL の強度は経時的に弱くなる。 また、発光量は含まれる鉱物成分によるので、その鉱物を構成する成分により、一定の発光量が得られるわけではない。特に産地等の影響を受けやすいと言われている。香辛料の付着物を分析しているので、ブレンドされるなどして、非照射のものと照射のものとが混合されると判定できなくなる (この点について最近の研究の項を参照)。原理的に清浄なサンプルは検知できない。また、50 度以上の高温で保存されると、同様に検出が困難となるので、本法も、発光がないから非照射と判定できない。原理的には埃さえついていれば、どのような試料でも検知可能である。逆に言うと検知できると言うことは、その食品が衛生的に扱えなかったことを暗示するので、この方法が適用できる食品にも自ずと制限があるだろう。1997 年にイギリスの農務省が一斉収去した香辛料の試料について検査したとき中心的な役割をした方法としても知られる。照射香辛料でありながら非表示の違反品として見つけている14)。多くの検知法は、このように非表示の違反品を見つけることができるが、これとは反対の違反を摘発できない (陰性の結果でも照射していない証明にはならないから)。
この方法はレーザー光などを光源として極めて強い光をサンプルに当てると、放射線照射されたサンプル中の鉱物分が発光する現象を利用する。TL 法では高温に加熱するため、有機物を完全に除去し、ミネラル分だけにしないと測定できないが、本法は加熱を要しないので、香辛料などは前処理なしで測定が可能である。判定はバックグランドの発光量よりも多く、本試験法が与える閾値よりも大きな発光を観察したときとする。しかし、発光はジオメトリの影響を受ける。保存中に明るいところにサンプルを置くと、発光量が減少するので操作は暗室で行う。PSL の最大の欠点はフォールスネガティブの結果を与えやすいことである。その他の欠点は TL 法と同じ。これらを総合すると測定が迅速、コストがかからない、そして陽性の結果が出にくいとなるので、早い、安い、出ないと 3 拍子揃った究極の機械といえなくはない。実際に検出用の機械は現在でも入手可能である。しかし、本法に関する文献や情報が極めて少ない。CEN のマニュアルにある引用文献は英国 MAFF の紀要誌が主であり、入手が困難で、文献請求しても入手できなかった。その上、一部の引用論文は未出版の様で、マニュアルドラフトに記載された雑誌には掲載されていない。このような情報不足からか、2002 年に本法以外の全てが CEN の正規法に格上げされたのに、PSL 法だけはドラフトのままである。
食品中の脂肪酸が放射線分解してできる化合物のうち、炭化水素類は比較的多量に生成する (数 ppm)。この生成物についての関係を図 5 に示す15)。 この化合物の仲間には、ガソリンやローソクがあり、我々の身近に存在する。これを照射食品の中から、抽出し、ガスクロマトグラフィー (GC) で分離定量する。オレイン酸から生成する 1,7-ヘキサデカジエンなどを指標に照射の有無を判定する。この方法は感度がよい方法でもっとも古くから利用されてきた。しかし、炭化水素類を同じ溶媒類で分離精製するので、分析中の混入したものとの区別がつけ難いとされてきた15b,c)。化学的な検知法に共通の利点であるが、放射線分解の対象となる物質が比較的広い食品中に多量に分布することが多いので、一つの分析方法で数種類の照射食品の検知に利用できる。脂肪分の多い食品か多量の試料を用意して必要な脂肪を集めることができれば、検知ができることになる。
この方法は炭化水素方法と同様に、食品中に存在する脂肪分が放射線分解して生成する化合物で、図 7 に示すようにその構造に四員環を持つ。この化合物は照射食品中に特異的に生成するものとされ、検知対象が広いことから早くから有望視されてきた。しかし、その生成量が極めて微量であること (1.4ng/g)16)、標準品の入手の困難であること、さらに実証試験も極めて限られた関係者のみで行われていたことから、その再現性を疑問視する向きもあった。高価とはいえ標準品は一応入手が可能となり、筆者も追試を行うことができた。この試験法が抱える問題はその試料の調整段階に、20% 含水フロリジルを使うため、その精製が不十分なまま検出試験が行われることにあり、今後さらに検討が必要であろう17a,b)。定性試験として実行するにも、試験を行う人は十分な技量を持つ必要がある。これらの点により前述の CODEX 試験法のランクで他の方法に比べて低く評価されたのだろう。
2002 年から CEN の正規の試験法となっている。照射後の生菌数と総菌数 (照射によって死んだ菌数+生菌数) との比率を求めて判定する方法である。生菌数は培地に植えて一般生菌数としてコロニーを数える。総菌数はメンブレンフィルターにこし取り、これをアクリジンオレンジで染色し、カウンターで数える。これらの菌数の対数をとり、その差が 4.5 以上あると照射と判断する。この欠点は照射前にかなりの菌数が存在することが必要なことと化学殺菌剤など他の方法で殺菌されると判定できなくなる。検出の下限値は 10kGy 程度と言われている。これも TL 法と同じで、清浄な検体では検査ができない。
本法も 2002 年から CEN 正規の試験法となっている。簡便な方法であるが、種々保存条件等の影響を受けやすいので、予試験法として位置づけている。結果が陽性の時はさらに別の方法で確認する。この方法はサンプルの組織から、細胞を遊離させ、これを顕微鏡のスライドグラスに塗ったアガロースゲルに包埋し、この細胞膜を SDS で融解し、電気泳動し、染色後そのまま検鏡する。照射されていると断片化した DNA が核から流れ出ている様子が観察できる。この方法は食品を加工したり、乾燥したりして DNA が断片化するような処理を受けると検知できなくなる。感度は 1kGy 程度。これをさらに高感度にした方法も研究されている18,19)。
いくつかの検知法の研究はこのように一応の完成を見ている。そのためどの国においても、既存の方法の適用拡大を目的とするバリデーションとより迅速なスクリーニング法の開発に力点が置かれている。我が国においては、東京都立産業研究所を中心に、ESR、TL 法の検討が行われ、その問題点を明らかにしてきたことを述べた。これらの試験法が実際の取り締まりの現場で役立てるときに留意すべき点を検討している。また、国立医薬品食品衛生研究所では、炭化水素法や 2-アルキルシクロブタノン法について同様の検討を行っていることをすでに紹介した。また、コメットアッセイ法については、独立法人食品総合研究所でその基礎的な研究が行われ、検査の客観性を高めるために最新の画像処理が検討されている。また、日本原子力研究所では DNA フラグメント ELISA 法の研究に着手している模様である。イギリスにおいても事情は同じで、EU 域内の照射食品流通化に伴い、自国内の製品の取り締まりを強化しようと 1999 年から 3 年計画で研究が行われた20)。そのターゲットは香辛料、魚介類、乾燥野菜と果実などの高価な食品で、照射されている可能性があるものとされた。実際の成果としてはシクロブタノン法で果実、カマンベールチーズ、鮭についてバリデーションが終了している。現在 DNA-ELIZA 法は、小エビについてバリデーションが進行中である。また、冷凍食品や冷凍鶏卵中の水素を測定する方法も研究されている。最も注目すべき研究は TL 法に関してものである。この方法の欠点である照射香辛料と未照射香辛料とをブレンドした場合、その検知が困難とされるが、現在バリデートされている方法の有効性について詳細に検討された。その結果、T1/T2 比が 0.1 以下で、T1 で低温域 (150-250℃) の発光が観察されると照射、未照射のブレンド品であると判定しても良いとしている21)。しかし、科学的な根拠が現在のところ示されていない。この様に検討された 6 つのコラボ研究の結果は、出版される予定とのことである。また、PSL は陽性の結果を誤って陰性と報告するフォールスネガチブの結果を出しやすいと言われる。この点についてさらに統計的、あるいは機器の改造など検討が現在でも行われているようである。 また、TLC (薄層クロマトグラフィー) による CB 法の検討が行われており、より簡便で迅速な結果を得ようと研究が行われている。
このような基礎的な研究と平行して、フィールド調査も行われた。表 12 にイギリス国内で許可されている照射食品の一覧を示す。実際上流通している可能性のあるものをこの中から選んで、検査対象とした。表 13 には収去した品目を示した。その中には緑茶など日本人になじみの深いものもある。2001 年 8 月から 9 月に試料は購入された。購入地点と検体の数を表 14 に示す。片寄らない様に十分にサンプリングには注意を払ったようだ。それらの地点を図 9 に示した。結果を表 15 に示す。スパイス 203 試料、健康食品 138 試料、小エビ 202 試料が検査されて、それぞれ、1、58、5 つの表示違反を見つけている。特に健康食品の違反例が目立っている。実に調査対象の 42% が違反していることになる。この内訳として、44 試料は完全に照射された材料を使用し、14 試料は照射された材料と非照射の材料を混合して使用していた。この調査と同時に PSL の検知能力も検討され、特にフォールスネガティブについて調査を行っている21)。表 16 にそのまとめを示す。PSL で未照射と判定された検体をランダムに取り出し、TL で再検査した。その結果、PSL と異なった判定を TL がしたものの数 (かっこ内は抽出したサンプル数) は、香辛料 0/20、健康食品 5/8、小エビ 3/18 で、健康食品では実に 63% が TL の検査なしでは未照射と判定されたことになる。極めて誤りの多い試験法だと言えよう。100% 的中した香辛料に PSL は十分適用できるとこの報告書は PSL を評価している。しかし、今回の検査で、香辛料の試料にはもともと照射された陽性検体が 203 検体全体で 1 つしかないのだから、PSL で誤って陰性とする可能性は全体として皆無に等しく、改めて TL で調べても陽性の結果を与えるはずもない。明らかに過大評価で、このような無理な結論を導く背景が気がかりだ。PSL には限界があるようだ。さらに、このような矛盾する結果が出たときは、原理の異なる方法で確認するのが普通であろう22)。
このように、イギリスでは現在も研究が繰り広げられ、過去に十分検討されずにきた検知法も再認識されて、新たにバリデートされているようだ。イギリスでの動きをみて、最初の理想は極めて高かったが、現実の検知法となると PSL のような問題点を抱えるものが少なくない。この程度で良いのなら、我が国独自の検知法として有望なジャガイモのインピーダンス法、香辛料の粘度法など今後取り上げるべき検知法があるように思うのは筆者だけだろうか。しかし先立つ予算が乏しいのが現状である。ちなみにこの検査にイギリス政府が使った費用は 3 年計画の最終年度一年でおよそ 13 万 4000 ポンド (2680 万円, £=200 円)であった。我々の予算と比べおよそ 3 倍の圧倒的な量がうらやましい。
表 3 の評価基準に当てはめて、8 つの CEN の分析法を評価した。結果を表 17 に示す。これは 1994 年の ADMIT の評価に基づいて記載した。いずれの検知法も一長一短があるが、これらの方法をうまく組み合わせて検知するか、表 5 から 8 に示す方法をさらに検討発展させて新たに確立する必要があろう。最近総説2) を通じて各検知法について述べた。それ以来時間の経過が無いので、新しい材料に乏しい。そこで重要な点は重複して本稿でも記述した。すでに読まれた読者にはさらに理解を深める材料として、あるいは今後の検知法を考える材料となれば幸いである。引用文献も重複するので重要なものだけを引用した。 “最近の研究” の項は脱稿後に入手した資料に基づいて加筆した。少し説明不足の点はご容赦願いたい。いずれ詳しく解説する予定である。最後に、食品照射の分野では、まだ基礎的なデータが不足しており、今後実用に向けてこの分野の発展を期待する。
本稿をまとめるに当たり、御懇篤なるご意見をお寄せ頂いた、日本原子力研究所 伊藤 均、小林泰彦両先生、独立行政法人食品総合研究所 等々力節子先生に感謝する。
1) 宮原 誠, “照射食品検知の現状と未来”, 食品照射, 36, 42-48 (2001).
2) 宮原 誠, “世界における放射線殺滅菌技術の展開と現状”, 防菌防黴, 30, 233-248 (2002).
3a) 日本農業新聞, 記事, 2002 年 1 月 11 日.
3b) 毎日新聞, 記事, 1978 年9 月 10 日.
4) IAEA (1991) Analytical detection methods for irradiated foods, IAEA-TECDOC-587, Vienna, pp.9.
5) 勝村庸介, 田中隆一, 第 2 章 電子線量計測の意義, 放射線照射振興協会大線量測定研究委員会編 工業照射用電子線量計測, 地人書館, 1990, 東京.
6) Divakaran, S., 私信 2000.
7) Nanke, K. E., 私信 2000.
8) IAEA, Report of the international meeting on analytical detection methods for irradiation treatment of foods” 1994.
9) 等々力 節子, “照射食品の検知法について”, Radioisotopes, 2000, 49, 467-469.
10a) Codex Alimentarius Commission, “Report of the 34th session of the codex committee on food additives and contaminants”, Rotterdam, Netherlands, 2002, ALINORM 03/12 Appendix V “Proposed Draft Recommended International Code of Practice for Radiation Processing of Food. (at step 5/8 of the Procedure)”.
10b) Codex Alimentarius Commission, “Proposed draft revised codex general standard for irradiated foods (at step 5 of the procedure), the report of the 33rd Session of the Codex Committee on Food Additives and Contaminants, Hague, Netherlands, 2001, Appendix VII.
10c) ALINORM 01/41, para.197-200, July 2001.
11) Miyahara, M., Nagasawa, T., Kamimura, T., Ito, H., Toyoda, M., and Saito, Y., “Identification of irradiation of boned chicken by determination of o-tyrosine and electron spin resonance spectrometry”, J. Health Sci., 2002, (48), 79-82.
12) 後藤典子, 田辺寛子, “ESR 法によるとうがらしの照射検知”, 東京都立産業技術研究所研究報告, 1999, (2), 159-160.
13) 田辺寛子, “熱ルミネッセンス法による照射食品の検知”, 1998, 研究発表会要旨, pp.59 東京都立産業技術研究所.
14) MAFF UK, “Undeclared Irradiation of Foodstuffs surveillance Exercise”, Food Surveillance Sheet, 102, 1997.
15a) Makoto Miyahara, Akiko Saito, Tomomi Kamimura, Taeko Nagasawa, Hitoshi Ito, Masatake Toyoda, “Determination of Hydrocarbons Production in Hexane Solutions of Fatty acid Methyl Esters Irradiated with Gamma Ray, Using Capillary Gas Chromatography with Mass Spectrometric Detection”, J. Health Sci., 2002 in press.
15b) 後藤典子, 田辺寛子, 宮原 誠, “電子線照射牛挽肉の炭化水素法による検知”, 食品照射, 36, 13-22 (2001).
15c) Tanabe, H., Goto, M., Miyahara, M., “Detection Method of Irradiated Chicken by GC Analysis of 2-Alkylcyclobutanones and Hydrocarbons Using Soxhlet Extraction and Florisil Chromatography”, RADIOISOTOPES, 2002 (51) 109-119.
16) 宮原 誠, 斉藤顕子, 長沢妙子, 豊田正武, “シクロブタノン法による照射食品の検知 基礎的検討”, 食品衛生学会第 82 回学術講演会 要旨 B-27, 2001.
17a) 後藤典子, 田辺寛子, 宮原 誠, “2-アルキルシクロブタノン法による照射鶏肉の検知”, 食品照射, 36, 26-29 (2001).
17b) 田邊寛子, 後藤典子, 宮原誠, “2-アルキルシクロブタノンおよび炭化水素の同時分析 (GC-FID) による照射鶏肉の検知法に関する考察”, RADIOISOTOPES, 2002 (51) 157-166.
18) Miyahara, M., Saito, A., Ito, H., Toyoda, M., “Capability for Identification of Gamma-irradiated Bovine Liver by New High Sensitivity Comet Assay”, Biol. Pharm. Bull., 23, 1399-1405, 2000.
19) Miyahara, M., Saito, A., Ito, H., Toyoda, M., “Identification of Low Level gamma-Irradiation of Meats by New High Sensitivity Comet Assay”, Rad. Phys. Chem., 2002 (63) 451-454.
20) Food Standard Agency, “Food irradiation: research in suport of detection test and the provision of scientific advice”, in the “ Food Research Progamme Annual Report 2001”, Food Standard Agency Publications, Feb. 2002, London.
21) Food Standard Agency, “Survey for Irradiated Foods-Herbs and Spices, Dietary Supplements and Prawns and Shrimps”, Survey Information Sheets 25/02 June 2002, Food Standard Agency のHome page.
22) ガーフィールド著, 宮原 誠訳, “分析試験室のための品質保証原則”, AOAC International, Gaithersburg, 1997.
(2002 年 7 月 1 日受理)
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