実験方法
1. 試薬および調製
2. 照射土壌、照射粉末食品の作製
3. 土壌の処理
4. 粉末食品からの鉱物質分離
5. TL 測定
6. 強熱減量の測定
実験結果および考察
1. 土壌での比較
2. 粉末食品での比較
3. 分離液の検討
4. 結論
照射食品の検知において、熱ルミネッセンス (TL) 法は鉱物質が付着している多くの食品に適用でき、ESR 法 (セルロースを含む食品) よりも照射の有無の判別精度が高い。しかし、スパイスや乾燥野菜から TL 測定に必要な鉱物質を分離するのに、高価 (Table 1) で有害なポリタングステン酸ナトリウム (SPT) 溶液が必要である。とくに粉末食品では、食品を水に懸濁させて鉱物質を分離する前処理が適用できないため、多量の SPT 溶液が必要となる。そこで、粉末食品について高価で有害な SPT 溶液の使用量を削減するための予備分離法を検討した。TL 測定のために食品中から鉱物質を分離するのに、Khan ら1) は飽和炭酸カリウム溶液を、田辺2) は飽和タングステン酸ナトリウム溶液を使用しているので、これら 2 種類と飽和ヨウ化カリウム溶液について検討した。
実験に使用した試薬は次のとおりである。
蒸留水 150ml に SPT250g を溶かした。他の溶液は、蒸留水 300 〜 400ml を攪拌しながら、試薬を少しずつ、飽和になるまで加えた。
土壌は当所で採取し、風乾した。TL 法で照射が認められないイネ科植物茎葉部粉末 (以下、粉末食品という) を共栓付試験管に入れた。これらの土壌と粉末食品をあらかじめアラニン線量計およびセリウム線量計で線量率を測定した位置に置き、当所の 60Co 線源 (185TBq) で 1.0 および 5.1kGy 照射した。
照射土壌と未照射土壌をそれぞれ軽くつぶし、目開き 150μm (100 メッシュ) のステンレス製篩でふるった。これは、粒径の小さな鉱物質は試料皿の上で動きにくく TL 発光比のばらつきが小さいと予想したので、動きやすい大きな粒径の鉱物質は取り除くためであった。また、粉末食品の粒径は極めて細かかったので、これと比較する意味もあった。篩を通過した土壌を試料とし、Fig. 1 に従って処理した。
照射粉末食品と未照射粉末食品を各 4 種類の分離液用に分けた。遠心分離したとき、浮上層 (粉末食品) が厚くなると、この中に捕捉される鉱物質が多くなるので、Fig. 2 のように 4 本の遠沈管に分けて鉱物質を分離した。
TL 測定装置は HARSHAW-BICRON 製、Model-3500 を使用した。窒素雰囲気下、昇温条件は 50℃ から 400℃ まで 7℃/ 秒であった。
実験方法 3 および 4 で分離した鉱物質試料を、50℃ で一晩静置後、TL 発光量 (glow1) を測定した。続けて、再度同じ条件で TL 測定を行い、高温側に現れる擬似発光量 (glow1B) を差し引いた値を glow1' とした。この試料を 1.0kGy 照射し、50℃ で一晩静置後、再度 TL 測定し、擬似発光量を差し引いた発光量を glow2' とし、TL 発光比 (glow1-glow1B) / (glow2-glow2B) を求めた。
あらかじめ 600℃ で 1 時間加熱し、重量を測定したステンレス製試料皿に実験方法 3 で分離した鉱物質を 2.4 〜 5.8mg 取り、110℃ で 1.5 時間乾燥し、分離した鉱物質の量を測定した。この試料皿を 600℃ で 2 時間加熱し、鉱物質の量を測定した。
EU の EN 規格3) では SPT 溶液で鉱物質の分離を行うことになっている。これと Table 1 に示した他の 3 種類の分離液で処理したときの TL 発光比は Table 2 のとおりであった。これらの平均値について t-検定を行ったところ、SPT で処理した場合に対して、1.0kGy 照射した土壌をタングステン酸ナトリウムまたはヨウ化カリウムで予備分離したものは危険率 5% で有意差があった。しかし、発光曲線 (Fig. 3、glow1) は 190℃ 付近にピークがあり、ほぼ同じ形を示した。また、TL 測定後 1.0kGy 照射した発光曲線 (glow2) はどの処理のものもほぼ同じ形を示した。よって、照射の有無を判別するには影響がなかった。
粉末食品の予備分離に Table 1 に示す 3 種類の分離液を使用した場合の TL 発光比は Table 3 のとおりであった。これらの平均値について t-検定を行ったところ、SPT で処理した場合に対して、未照射食品をヨウ化カリウムまたは炭酸カリウムで、1.0kGy 照射した食品をヨウ化カリウムで処理したものは、危険率 5% で有意差がなかった。
その他の場合は、未照射のものは TL 発光比が 0.1 より十分に小さく、照射したものは 0.1 より十分に大きかった。未照射の発光曲線 (Fig. 4、glow1') はおおむね 350℃ 付近にわずかなピークが認められた。照射した食品では 190℃ 付近にピークが認められた (Fig. 5 glow1)。それぞれの試料を 1.0kGy 照射した場合の発光曲線 (glow2) は、ほぼ同じ形を示し、180℃ 付近にピークが認められた。よって、照射の有無を判別するには影響がなかった。
SPT を用いた場合に比べ、他の分離液を用いた場合の TL 発光比 (平均値) の差は 15% 程度であった。そこで、分離した鉱物質に含まれる有機物の量を検討するために、強熱減量を測定した。その結果は SPT で分離した場合は 3.7%、タングステン酸ナトリウムでは 3.0%、炭酸カリウムでは 4.9%、ヨウ化カリウムでは 4.2%で、大きな差はなかった。予備分離を行った時点で、分離された沈殿物の量は炭酸カリウムで処理したものが多く、SPT 処理したものは少なかった。この炭酸カリウムで処理した沈殿物に SPT を加えると、多くが浮上した。ここで浮上したものを水洗し、強熱減量を測定すると 20% ほど残ったので、多くの鉱物質が浮上したと推定される。2g の粉末食品から最終的に得られた鉱物質の量は SPT による分離では 8mg、ヨウ化カリウムまたはタングステン酸ナトリウムでは 6mg、炭酸カリウムでは 3mg であった。これらの結果から鉱物質の組成に微妙な差ができたと推定される。
分離液を調製するのに、SPT は蒸留水に速やかに溶解した。ヨウ化カリウムも溶解しやすく、比較的短時間で飽和溶液を得ることができた。炭酸カリウムとタングステン酸ナトリウムは溶解するのに時間がかかった。とくに炭酸カリウムは飽和溶液を得るのに 1 日以上かかった。調製しやすいのは、SPT、そしてヨウ化カリウムであった。
上記以外に、安全で安価な試薬から比重の高い溶液を得ることを検討した。ヨウ化カリウムの溶解度 (25℃) が 59.0g/100g4) であるのに対して、スークロースの溶解度 (25℃) は 67.0g/100g4) であるので、比重の高い溶液が得られると予想した。しかし、スークロースは溶けるにつれ、溶液の体積も増えた。飽和溶液の比重は 1.33 であった。この飽和溶液に土壌を懸濁させ、遠心分離したが、分離できなかった。これは溶液の粘度が高いためと推定され、分離液に適さなかった。
予備分離に用いた溶液には次のような問題点があった。炭酸カリウムが残存するところに SPT 溶液を加えると、淡緑色の沈殿が生じた。この沈殿は塩酸によって溶解せず、鉱物質を分離できなくなるので、予備分離後、水洗・中和し、SPT 溶液を加える必要があった。ヨウ化カリウム溶液は保存中にヨウ素が遊離し黄変するが、検知に影響はなかった。タングステン酸ナトリウムをガラス容器に入れておくと、器壁に白い膜が生じた。長時間放置した場合の容器は酸洗いしないと膜を取り除けなかった。
土壌の予備分離にタングステン酸ナトリウム、炭酸カリウム、ヨウ化カリウムの飽和溶液を使用しても、TL 発光比と発光曲線の形にほとんど影響はなかった。粉末食品では TL 発光比にやや差があったが、発光曲線の形はほとんど同じで、照射の有無を判別するには影響なかった。
安価な試薬を用いた予備分離で大部分の有機物を分離できた。TL 測定の試料にするには比重が 2 以上の SPT 溶液でさらに分離する必要はあるが、高価で有害な SPT 溶液の使用量を削減できることがわかった。試薬の扱いやすさを考慮すると、ヨウ化カリウム飽和溶液が予備分離に適していた。
1) Khan H. M. and Bhatti I. A. : Identification of irradiation treatment of spices by thermoluminescence of contaminating minerals. J. Radiat. Nuclear Chem., 242, 739-744 (1999).
2) 田辺寛子 : 照射食品の検知に際して初期線量が熱ルミネッセンス強度に与える影響, 食品照射, 33, 19-28 (1998).
3) EN-1788 Foodstuffs : Thermoluminescence detection of irradiated food from which silicate minerals can be isolated, European Committee for standardization, Brussels, Belgium (2001).
4) 改定 4 版化学便覧基礎編Ⅱ : 日本化学会編, 163-176, 丸善, 東京都文京区 (1993).
(2004 年 7 月 5 日受理)
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